岩屋神社節分大祭2023/2/3(日程時間・・・)

岩屋神社節分大祭

岩屋神社節分大祭(日程・時間・・・)を紹介しています。節分大祭は例年節分(立春の前日)に行われています。節分大祭では本殿祭・奉射祭・追儺祭が行われます。奉射祭では四方奉射・的討ちが行われます。追儺祭では鬼を追い払う豆討ちの儀が行われます。豆討ちの儀終了後、福豆・福餅がまかれます。(要確認)(詳細下記参照)

【岩屋神社節分大祭2024 日程時間(要確認)】

岩屋神社節分大祭2024(●コロナによる実施の有無・変更要確認)は2024年(令和6年)2月3日(土曜日)14:00から行われます。14:40頃から追儺祭(福餅・福豆撒きなど)が行われます。(現在確認中・要注意)
*参考・・・岩屋神社ホームページ
●京都の寺院・神社では節分・豆まきなどの行事が行われています。
京都節分・豆まき2023

【岩屋神社節分大祭 アクセス・マップ】

場所・・・京都府京都市山科区大宅中小路町67
最寄り駅・バス停・・・椥辻駅(徒歩約10分)

アクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*山科駅からは地下鉄東西線
地下鉄・アクセスダイヤ

*地下鉄東西線の場合、最寄り駅は椥辻駅(徒歩約20分)

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【岩屋神社節分大祭 歴史・簡単概要】

岩屋神社節分大祭(せつぶんたいさい)は例年節分(立春の前日)に行われています。(節分は毎年2月3日ではなく、変動する場合があります。)節分大祭では厄除け・招福を祈願します。
節分大祭では本殿祭(ほんでんさい)・奉射祭(ほうしゃさい)・追儺祭(ついなさい)が行われます。
奉射祭では四方(東西南北)に矢を放って邪気を祓う四方奉射(しほうほうしゃ)や鬼の的を射る的討ちが行われます。
追儺祭では鬼を追い払う豆討ちの儀が行われます。豆討ちの儀終了後、福豆・福餅がまかれます。(要確認)

  • 節分は元々季節が変わる節目で、立春・立夏・立秋・立冬の前日を差していたが、江戸時代以降は立春の前日だけを指す場合が多くなりました。節分には邪気悪霊(鬼)が外から入ってくるのを防ぐ為、「鬼は外・福は内」と言いながら福豆を撒き、年の数だけ福豆を食べて厄除けをします。豆撒きは平安時代中期に鞍馬山の鬼が都を荒らしたことから毘沙門天のお告げにより、鬼の穴を祈祷で封じ、鬼の目を炒り豆で打ちつぶしたということに由来しています。豆などの穀物には魔除けの呪力や生命力を持つという穀霊が宿っているとも言われています。豆は鬼の目を表す「魔目(まめ)」から鬼を滅する「魔滅」を意味するようになったそうです。
  • 追儺は平安時代初期から大晦日に宮中で行われている鬼払いの儀式です。追儺は鬼やらい・鬼遣らい・儺(な)やらい・鬼儺・大儺(たいだ)・駆儺(くだ)などとも言われています。追儺では黄金四つ目の面を付け、右手に矛、左手に楯を持った方相氏(ほうそうし)などが大内裏の中を「鬼やらう」と大声を掛けながら鬼を追い払って回りました。ただその後方相氏は追い払う側から追い払われる側に変わったそうです。なお追儺は文武天皇(697年~707年) の時代に中国から伝わったとも言われています。
  • 鬼は目に見えない邪気を表す陰(おん)に由来するとも、姿が見えずに怖いものを表す隠(おぬ)に由来するとも言われています。その為人智を超え、人に危害を与える災害・疾病・飢饉などは鬼の仕業と考えられました。

【岩屋神社 歴史・簡単概要】

岩屋神社(いわやじんじゃ)・岩屋明神は起源が明確ではありません。岩屋神社は社伝によると343年(仁徳天皇31年)に造営されたとも言われています。その後寛平年間に陽岩に天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)、陰岩に栲幡千々姫命(たくはたちぢひめのみこと)、岩前小社に饒速日命(にぎはやひのみこと)を大宅氏の祖神として祀ったと言われています。治承年間に園城寺(三井寺)の僧徒が社殿を焼いたが、1262年(弘長2年)に社殿が再建されました。中世には東西上の岩屋三社とも言われ、現在東岩屋が岩屋神社、西岩屋が山科神社になっています。
*参考・・・岩屋神社(アクセス・マップ・歴史・見どころ・・・)ホームページ

【岩屋神社節分大祭 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
節分大祭では甘酒による接待も行われます。(要確認)
岩屋神社(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報
京都2月のイベント・行事

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