祇園祭駒形稚児発表奉告祭2020/6/15

祇園祭駒形稚児発表奉告祭(日程・時間・・・)を紹介しています。駒形稚児発表奉告祭は毎年6月に行われています。駒形稚児発表奉告祭では7月17日の神幸祭・7月24日の還幸祭で中御座神輿を白馬に乗って先導する久世駒形稚児が発表されます。久世駒形稚児は2名が選ばれ、1名ずつ神幸祭・還幸祭で中御座神輿を先導します。(詳細下記参照)

●日程は2020年(令和2年)6月頃に確定します。

【祇園祭駒形稚児発表奉告祭2020 日程時間(要確認)】
祇園祭駒形稚児発表奉告祭2020は2020年(令和2年)6月中旬頃15:00から行われます。
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【祇園祭駒形稚児発表奉告祭・綾戸国中神社 アクセス・マップ地図】
場所・・・京都府京都市南区久世上久世町446
最寄り駅・バス停・・・桂川駅(徒歩約8分)

アクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅からはJR東海道本線

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【祇園祭駒形稚児発表奉告祭 歴史・簡単概要】
祇園祭駒形稚児発表奉告祭は7月の祇園祭(7月1日~31日)に先立って、毎年6月に行われています。駒形稚児発表奉告祭では7月17日の神幸祭(しんこうさい・おいで)・7月24日の還幸祭(かんこうさい・おかえり)で中御座神輿(なかござみこし)を先導する久世駒形稚児(くぜこまがたちご)が一般・メディアに発表されます。久世駒形稚児は抱負を語ります。久世駒形稚児は綾戸国中神社(あやとくなかじんじゃ)の氏子関係者から2名(10歳前後)が選ばれ、1名ずつ神幸祭・還幸祭で白馬に乗って中御座神輿を先導します。久世駒形稚児は素戔嗚尊(すさのおのみこと)の荒御魂(あらみたま)の鎮まる馬の頭を象った御神体・駒形を胸に掛け、神の化身とされています。ちなみに神の化身となった久世駒形稚児は足を地に決してつけてはならない為、剛力(ごうりき)の肩に担がれて白馬に騎乗します。なお久世駒形稚児は毎年7月13日に金色の烏帽子(えぼし)・狩衣(かりぎぬ)姿で八坂神社を訪れ、久世駒形稚児の証しである杉守りを受け取り、神事(祇園祭)の無事を祈願します。
久世駒形稚児は古文書に「御神幸の七月十七日に訓世の駒形稚児の到着なくば、御神輿は八坂神社から一歩も動かすことならぬ。若し此の駒故なくしてお滞りあるときは、必ず疫病流行し人々大いに悩む。」と記され、古来から神輿渡御の先導役とされていました。
駒形は神代の頃、素戔嗚尊が新羅(しらぎ)に渡海する前に形見として、自ら彫刻した愛馬・天幸駒の頭(駒形)を「符(ふ)」として遣わしたと言われています。
神幸祭では中御座神輿・東御座神輿・西御座神輿が八坂神社から氏子町を回って、御旅所(Otabi Kyoto)に向かいます。
還幸祭では中御座神輿・東御座神輿・西御座神輿が御旅所(Otabi Kyoto)から氏子町・御供社(又旅社)を回って、八坂神社に戻ります。
中御座神輿は八坂神社の主祭神・素戔嗚尊の神霊をのせます。中御座神輿は六角形の屋根の上に鳳凰が飾られ、男神を表す紫色の袈裟懸けが掛けられます。中御座神輿は重さ約2トンと言われています。なお中御座神輿は三若神輿会が奉仕することから三若神輿とも言われています。
祇園祭神幸祭祇園祭還幸祭

【祇園祭 歴史・簡単概要】
祇園祭(ぎおんまつり)は平安時代前期の869年(貞観11年)に京都をはじめ全国に疫病が流行し、牛頭天王(ごずてんのう)・素戔嗚尊(すさのおのみこと)の祟りであるとし、卜部日良麿(うらべのひらまろ)が禁苑(宮中の庭)である神泉苑に国の数と同じ66本の鉾を立て、悪霊を移して穢れを祓い、薬師如来の化身とされる牛頭天王(素戔嗚尊)を祀り、更に牛頭天王(素戔嗚尊)を主祭神とする八坂神社(祇園社)に3基の神輿を送り、病魔退散を祈願した祇園御霊会(ぎおんごりょうえ)が起源と言われています。その後970年(天禄元年)から毎年旧暦6月14日に行われるようになりました。
祇園祭歴史

【綾戸国中神社 歴史・簡単概要】
綾戸国中神社(あやとくなかじんじゃ)・綾戸國中神社はかつて綾戸神社(綾戸宮)と国中神社(国中宮)に分かれていたが、戦国時代に綾戸神社内に国中神社が移されて社殿が並んでいました。しかし1934年(昭和9年)の室戸台風によって社殿(西向きの二社殿)が倒壊し、1936年(昭和11年)にひとつの社殿(南向きの一社殿・二扉の本殿)として再建されました。その後1964年(昭和39年)の東海道新幹線建設に伴って現在の場所に移りました。なお綾戸神社は社伝によると第26代・継体天皇の時代(507年~531年)に大堰川(おおいがわ・桂川(かつらがわ) )七瀬の祓神として大井社と称したのが起源とも言われています。965年(天暦9年)に綾戸社に社号を改め、社号の額は第70代・後冷泉天皇の御震筆と言われています。国中神社はかつて光福寺蔵王堂(こうふくじざおうどう・蔵王の杜)に祀られ、中世に牛頭天皇社(ごずてんのうしゃ)とも言われていました。国中神社は古くは久世郷全体の郷社であったと言われています。国中神社は素盞嗚尊(すさのおのみこと・牛頭天皇)の形見として、自ら彫刻した愛馬・天幸駒の頭(駒形)を御神体としています。
*参考・・・綾戸国中神社(アクセス・歴史・・・)ホームページ綾戸国中神社(アクセス・歴史・・・)wikipedia

【祇園祭駒形稚児発表奉告祭 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
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