金戒光明寺桜見ごろ(4月上旬頃)・桜名所

金戒光明寺桜

金戒光明寺桜見ごろ

金戒光明寺桜見ごろ(時期・ライトアップ・・・)情報を紹介しています。金戒光明寺は参道など境内に染井吉野・枝垂桜など約100本の桜の木が植えられ、高さ約23メートルの山門の前の染井吉野や会津藩の墓地がある極楽橋・蓮池の桜などが素晴らしと言われています。境内の東側から桜越しに高さ約22メートルの三重塔を眺めるのもいいかもしれません。(詳細下記参照)

【金戒光明寺桜見ごろ時期 2020年(要確認)】
金戒光明寺の桜見ごろは例年4月上旬頃です。ただ桜の見ごろはその年の気候などによって多少前後することがあります。●2020年の桜見ごろ予想は2020年1月頃から情報発信します。
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【金戒光明寺桜・金戒光明寺 アクセス・マップ地図】
場所・・・京都府京都市左京区黒谷町121
最寄り駅・バス停・・・岡崎道(徒歩約10分)、東天王町(徒歩約15分)
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市バスのアクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅から金戒光明寺は100系統(D1乗り場)
*四条河原町からは32系統、203系統
*四条烏丸からは32系統、203系統
*河原町丸太町からは204系統
京都市バス・アクセスダイヤ京都バス・鉄道乗換案内システム「歩くまち京都」

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【金戒光明寺桜見ごろ時期・見どころ】
金戒光明寺は桜の名所です。金戒光明寺の桜見ごろは例年4月上旬頃です。金戒光明寺は参道など境内に染井吉野・枝垂桜など約100本の桜の木が植えられ、高さ約23メートルの山門の前の染井吉野や会津藩の墓地がある極楽橋・蓮池の桜などが素晴らしと言われています。境内の東側から桜越しに高さ約22メートルの三重塔(重要文化財)を眺めるのもいいかもしれません。
山門(京都府指定文化財)は応仁の乱(1467年(応仁元年)~1477年(文明9年))の兵火によって焼失し、1860年(万延元年)に再建されました。山門には第100代・後小松天皇の勅額「浄土真宗最初門」が掛けられています。なお山門は入母屋造・本瓦葺です。
三重塔(文殊塔)は1633年(寛永10年)に建立されました。三重塔にはかつて仏師・運慶作とも言われる文殊菩薩・脇侍像を安置していました。なお三重塔は本瓦葺です。
会津藩の墓地は幕末に京都守護職に就任した松平容保の会津藩の本陣になり、藩士1,000人が1年おきに常駐していたことに由来しています。
桜(染井吉野)は2月1日以降の最高気温(毎日)の合計が600度を超えると開花し、800度を超えると満開になるとも言われています。また地域によって若干差があるが、開花から1週間から5日ほどで満開になるとも言われています。

【金戒光明寺 歴史・簡単概要】
金戒光明寺(こんかいこうみょうじ)は平安時代後期の1175年(承安5年)に浄土宗の開祖・法然上人(ほうねんしょうにん)が比叡山黒谷(ひえいざんくろたに)を下り、草庵を最初に結んだのが起源と言われています。金戒光明寺は浄土宗最初の寺院で、当初白川の禅房とも言われていたそうです。法然上人は15歳で比叡山に上り、43歳の時に浄土宗を広める為に比叡山黒谷を下り、山頂の石の上で念仏を唱えた時に紫雲が全山にみなぎり、光明が辺りを照らしたことから草庵を結んだと言われ、紫雲山(しうんざん)光明寺の名称(山号・寺号)の由来になりました。その後法然上人が弟子で、白川門徒の祖・法蓮房信空(ほうれんぼうしんくう)に白川の禅房(本房)を黒谷の本房とともに与えたと言われています。鎌倉時代に金戒光明寺5世・素月房恵顗(えぎ)が伽藍を整え、紫雲山光明寺と号し、南北朝時代に金戒光明寺8世・我観房運空(うんくう)が北朝第4代・後光厳天皇に戒を授けたことから金戒の二字を賜り、金戒光明寺と言うようになりました。その後室町時代の1428年(正長元年)に第100代・後小松天皇から勅願「浄土真宗最初門」を賜りました。江戸時代初期に城郭構造に改修され、幕末(江戸時代後期)に京都守護職の本陣になりました。
金戒光明寺は浄土宗の寺院です。
*参考・・・金戒光明寺(アクセス・歴史・見どころ・・・)ホームページ金戒光明寺(アクセス・歴史・見どころ・・・)wikipedia

【金戒光明寺桜見ごろ時期 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
金戒光明寺(アクセス・見どころ・・・)情報

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