金蔵寺紅葉見ごろ

金蔵寺紅葉(見ごろ時期・ライトアップ・アクセス・・・)情報を紹介しています。金蔵寺は山内にモミジ・樹齢約300年のイチョウの大木などが植えられ、紅葉と仁王門・本堂・開山堂などの光景が素晴らしいと言われています。参道の石段などに敷き詰められた敷き紅葉や標高標高約360メートルの境内から京都市内を一望できる眺望も見どころです。(詳細下記参照)

【金蔵寺紅葉見ごろ時期 2019年(要確認)】
金蔵寺紅葉は例年11月中旬頃から下旬頃に見ごろを迎えます。ただ紅葉の見ごろはその年の気候などによって多少前後することがあります。なお2019年の紅葉見ごろ情報は9月上旬頃から情報発信します。
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【金蔵寺紅葉・金蔵寺 アクセス・マップ地図】
場所・・・京都府京都市西京区大原野石作町1639-11
最寄り駅・バス停・・・南春日町(徒歩約20分)

阪急バスのアクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*阪急電鉄京都本線・東向日駅からは南春日町行き
*JR・向日町駅からは南春日町行き
阪急バス・アクセスダイヤ

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【金蔵寺紅葉見ごろ時期・見どころ】
金蔵寺は紅葉の名所です。紅葉は例年11月中旬頃から下旬頃に見ごろを迎えます。金蔵寺は山内にモミジ・樹齢約300年のイチョウの大木などが植えられ、紅葉と仁王門・本堂・開山堂などの光景が素晴らしいと言われています。参道の石段などに敷き詰められた敷き紅葉や標高標高約360メートルの境内から京都市内を一望できる眺望も見どころです。
仁王門・本堂・開山堂などは江戸時代に江戸幕府5代将軍・徳川綱吉の母・桂昌院(けいしょういん)の帰依によって再建されました。本堂は本尊・十一面千手観音像が安置され、開山堂には開山・隆豊禅師など歴代の僧師が祀られているそうです。なお桂昌院(お玉)は京都・西陣の八百屋の娘から江戸幕府3代将軍・徳川家光(とくがわいえみつ)の側室になり、4代将軍となる綱吉を生んだことから「玉の輿(たまのこし)」の由来になったとも言われています。
紅葉狩りは平安時代に貴族から盛んになり、邸宅にモミジを植えたり、紅葉の名所に出掛けたりしたそうです。紅葉狩りでは紅葉した枝を折って、手のひらにのせて愛でることもあったそうです。その後室町時代に徐々に庶民にも広がり、江戸時代中期には庶民の行楽として人気になったと言われています。ちなみに奈良時代末期に成立したと言われている日本最古の和歌集「万葉集」にはモミジを詠んだ和歌が残されています。

【金蔵寺 歴史・簡単概要】
金蔵寺(こんぞうじ)は718年(養老2年)に隆豊禅師(りょうほうぜんじ)が第44代・元正天皇の勅願によって創建したと言われています。隆豊禅師は小塩山(おしおやま)の山中で光り輝くクスノキを見つけ、「山の神」と「天狗の力」を借りて本尊・観音像を自ら刻んだとも言われています。その後728年(神亀5年)に第45代・聖武天皇から勅額を賜り、794年(延暦13年)の第50代・桓武天皇による平安京遷都の際、新都の平安を願って都の四方に経典を埋めたとして、桓武天皇から西岩倉山の山号を賜ったとも言われています。しかし応仁の乱(1467年(応仁元年)~1477年(文明9年))の兵火で焼失し、江戸時代に江戸幕府5代将軍・徳川綱吉の母・桂昌院(けいしょういん)の帰依によって再建されました。桂昌院は6歳から13歳まで金蔵寺に住したとも言われています。しかしその後も本堂などが焼失し、1808年(文化5年)に再建されました。なお金蔵寺は本尊・十一面千手観音像を安置しています。
金蔵寺は天台宗の寺院です。
*参考・・・金蔵寺(アクセス・歴史・・・)

【金蔵寺紅葉見ごろ時期 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
金蔵寺(アクセス・見どころ・・・)情報

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