北白川天神宮古式御弓神事2025年1月12日(日程時間・・・)

北白川天神宮古式御弓神事

北白川天神宮古式御弓神事(日程・時間・・・)を紹介しています。古式御弓神事は成人の日の前日に行われています。古式御弓神事では恵方に矢を放ち、悪疫災厄を祓って、北白川地域に幸せが訪れるように祈願します。1本目の矢は恵方、2本目の矢は恵方の反対方向、3本目は裏に「狂津日神祓却」と記された的に放たれます。(詳細下記参照)

【北白川天神宮古式御弓神事2025 日程時間(要確認)】
北白川天神宮古式御弓神事2025は2025年(令和7年)1月12日(日曜日)11:00から行われます。(現在確認中・要注意)
*参考・・・北白川天神宮ホームページ

【北白川天神宮古式御弓神事 アクセス・マップ】
場所・・・京都府京都市左京区北白川仕伏町42-1
最寄り駅・バス停・・・北白川別当町(徒歩約8分)

アクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅からは5系統(A1乗り場)
*四条河原町からは5系統
*四条烏丸からは5系統
路線・時刻表・運賃チェック

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【北白川天神宮古式御弓神事 歴史・簡単概要】
北白川天神宮古式御弓神事(こしきおゆみしんじ)・御弓祭(おゆみさい)は794年(延暦13年)の第50代・桓武天皇(かんむてんのう)による平安京遷都(へいあんきょうせんと)前から行われているとも言われています。古式御弓神事は正月に行われる特殊神事で、成人の日の前日に行われています。
古式御弓神事は山上の境内で行われています。御幣(ごへい)を先頭に的・弓矢などを持った行列が太鼓を打ち鳴らして山上の本殿に向かいます。古式御弓神事では独特の所作により、恵方(えほう)に矢を放ち、悪疫災厄を祓って、北白川地域に幸せが訪れるように祈願します。1本目の矢は恵方、2本目の矢は恵方の反対方向、3本目は裏に「狂津日神祓却(まがつひのかみばっきゃく)」と記された的に放たれます。ちなみに2023年(令和5年)の恵方は南南東です。古式御弓神事では口伝による祝言(しゅくげん)・謡曲(ようきょく)も行われます。
御弓神事(お弓神事)は一般的に神職が祓(はらえ)などの為に神前で弓を射る儀式です。矢の当たり具合によって天候・豊凶などを占いました。なお弓矢は狩猟だけでなく、古くから宗教的な儀式に用いられています。
恵方は陰陽道(おんみょうどう)で幸運のもたらと言われている年神がやってくる方角です。なお陰陽道は5、6世紀頃に中国から仏教・儒教(じゅきょう)などとともに伝わった陰陽五行説(いんようごぎょうせつ)に基づき、天文(てんもん)・暦数(れきすう)・易(えき)・卜筮(ぼくぜい)などの知識により、吉凶(きっきょう)・禍福(かふく)などを占った方術です。陰陽道は平安時代に盛んになり、陰陽師(おんみょうじ)も現れました。
狂津日神は禍津日神(まがつひのかみ)などとも言われています。禍津日神は伊弉諾尊(いざなぎのみこと)が黄泉の国(よみのくに)から帰って禊を行った際に穢れから生まれ、災害・凶事などを引き起こす災厄を司る神とされています。

【北白川天神宮 歴史・簡単概要】
北白川天神宮(きたしらかわてんじんぐう)は飛鳥時代(592年(崇峻天皇5年)~710年(和銅3年))に久保田の森に少彦名命(すくなひこなのみこと)を祀った天使大明神(天使社)が起源とも言われています。また平安時代の延喜年間(901年~923年)以前から祀られていたとも言われています。その後文明年間(1469年~1486年)に室町幕府8代将軍・足利義政(あしかがよしまさ)が銀閣寺(ぎんかくじ)の前身である東山山荘(ひがしやまさんそう)を造営した際、都の鬼門に当たる現在の千古山明神の森に移したと言われています。寛文年間(1661年~1673年)に第107代・後陽成天皇(ごようぜいてんのう)の皇子で、照高院第5代・道光法親王(どうこうほっしんのう)が天使大明神から天神宮に名称を改め、祈願所にしました。なお北白川天神宮は少彦名命を祀っています。また天照皇大神・春日社・八幡社・日吉社・加茂社・稲荷社なども祀られています。
*参考・・・北白川天神宮(アクセス・マップ・歴史・見どころ・・・)ホームページ

【北白川天神宮古式御弓神事 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
北白川天神宮(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報

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