龍興寺梅見ごろ2021(2月中旬~3月中旬頃)

龍興寺梅見ごろ(例年)・見どころ

龍興寺梅見ごろ(時期・イベント等)を紹介。龍興寺には本堂前の梅園に紅梅・白梅・しだれ梅などが植えられ、梅と本堂・山門・鐘楼などの光景が美しいと言われています。特にしだれ梅の美しさは絶品とも言われています。なお梅は住職や檀家などが丹精込めて育てたと言われています。(詳細下記参照)

【龍興寺 例年の梅見ごろ・2021年情報】
龍興寺の梅見ごろは例年2月中旬頃から3月中旬頃です。なお梅の見ごろはその年の気候などによって多少前後することがあります。
京都梅見ごろ2021京都梅名所

【龍興寺梅見ごろ アクセス・マップ地図】
場所・・・京都府南丹市八木町八木西山
最寄り駅・バス停・・・JR八木駅(徒歩約20分)

バスのアクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*JR山陰本線

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【龍興寺 例年の梅見ごろ・見どころ解説】
龍興寺は梅の名所です。龍興寺の梅見ごろは例年2月中旬頃から3月中旬頃です。龍興寺には本堂前の梅園に紅梅・白梅・しだれ梅などが植えられ、梅と本堂・山門・鐘楼(南丹市の市指定文化財)などの光景が美しいと言われています。特にしだれ梅の美しさは絶品とも言われています。なお梅の木は住職や檀家などが丹精込めて育てたと言われています。
しだれ梅は野梅系(やばいけい)の梅で、枝が細長く下垂した梅です。しだれ梅には花が一重と八重があります。しだれ梅では曙枝垂(あけぼのしだれ)・月影枝垂(つきかげしだれ)などがよく知られています。ちなみに呉服枝垂(くれはしだれ)・緑萼枝垂(りょくがくしだれ)・難波枝垂(なにわしだれ)・紅枝垂(べにしだれ)・満月枝垂(まんげつしだれ)・緋の司枝垂(ひのつかさしだれ)・白滝枝垂(しらたきしだれ)・藤牡丹枝垂(ふじぼたんしだれ)・一重緑萼枝垂(ひとえりょくがくしだれ)・玉垣枝垂(たまがきしだれ)・千鳥枝垂(ちどりしだれ)・唐梅枝垂(とうばいしだれ)などもあります。
梅は中国原産のバラ科サクラ属の落葉高木です。梅は630年(舒明2年)から838年(承和5年)に派遣された遣唐使(けんとうし)が唐(中国)から日本に伝えたと言われています。梅には500種以上の品種があるが、野梅系(やばいけい)・紅梅系(緋梅系)・豊後系(ぶんごけい)に大きく分類されるそうです。
花見と言うと現在は桜を連想するが、奈良時代には中国から伝わった梅だったそうです。しかし平安時代になると梅から桜に変わり、奈良時代末期頃成立の「万葉集」では梅を読んが和歌が桜よりも多かったが、平安時代前期成立の「古今和歌集」では桜を詠んだ和歌の方が梅よりも多くなります。

【龍興寺 歴史・簡単概要】
龍興寺(りょうこうじ)は室町時代中期の1452年(享徳元年)に室町幕府管領(かんりょう)・細川勝元(ほそかわかつもと)が妙心寺(みょうしんじ)第5世・義天玄詔(ぎてんげんしょう・義天玄承)を開山に自らの香華寺(こうげじ・菩提寺(ぼだいじ))として創建したと言われています。ちなみに細川勝元は室町幕府第16代・第18代・第21代の管領を勤め、丹波国・土佐国・讃岐国・摂津国・伊予国の守護でもありました。その後七堂伽藍が建立され、安土桃山時代の天正年間(1573年~1593年)に子院9ヶ寺を有していたと言われています。しかし1579年(天正7年)に織田信長(おだのぶなが)の家臣・明智光秀(あけちみつひで)が丹波攻め・八木城の戦いによって八木城を落城させた際、本堂などを全焼して荒廃したと言われています。1583年(天正11年)に本堂が再建されました。江戸時代前期の1619年(元和5年)に丹波国園部藩(そのべはん)・小出吉親(こいでよしちか)から準菩提寺の待遇を受けました。江戸時代後期の1782年(天明2年)に本堂などの再建を出願し、1786年(天明6年)に本堂が上棟しました。ちなみに鐘楼は本堂が再建された天明年間(1781年~1789年)以前に建立され、1985年(昭和60年)3月30日に南丹市の市指定文化財になっています。なお龍興寺は釈迦如来(しゃかにょらい)を本尊として祀っています。
龍興寺は臨済宗妙心寺派の寺院です。
*参考・・・龍興寺(アクセス・歴史・見どころ・・・)

【龍興寺梅見ごろ 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
龍興寺(アクセス・見どころ・・・)情報

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