龍穏寺紅葉見ごろ

龍穏寺紅葉(見ごろ・ライトアップ・アクセス・・・)情報を紹介しています。龍穏寺には山内に20本以上のモミジやイチョウ(銀杏)が分布し、紅葉と山門・参道(石段)・総門(楼門)・池・本堂などの光景が美しいと言われています。参道(石段)などに散りモミジ(敷きモミジ)が敷き詰められ、池に紅葉が映えます。(詳細下記参照)

【龍穏寺紅葉見ごろ 2019年(要確認)】
龍穏寺紅葉は例年11月上旬頃から11月下旬頃に見ごろを迎えます。ただ紅葉の見ごろはその年の気候などによって多少前後することがあります。なお2019年の紅葉見ごろ情報は9月上旬頃から情報発信します。
京都紅葉見ごろ2019京都紅葉ライトアップ2019京都紅葉見ごろ・イベント京都紅葉名所・見ごろ

【龍穏寺紅葉・龍穏寺 アクセス・マップ地図】
場所・・・京都府南丹市園部町仁江甲溝畑1
最寄り駅・バス停・・・仁江(徒歩約5分)

バスのアクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*JR嵯峨野線・園部駅から京阪京都交通バス(園篠線)

スポンサーリンク


【龍穏寺紅葉見ごろ・見どころ】
龍穏寺は紅葉の名所です。龍穏寺は南丹市園部町の隠れた紅葉の名所です。紅葉は例年11月上旬頃から11月下旬頃に見ごろを迎えます。龍穏寺には山内に20本以上のモミジやイチョウ(銀杏)が分布し、紅葉と山門・参道(石段)・総門(楼門)・池・本堂などの光景が美しいと言われています。参道(石段)などに散りモミジ(敷きモミジ)が敷き詰められ、池に紅葉が映えます。総門(楼門)は額縁に見立てられています。なお龍穏寺は普段ひっそりしているが、紅葉が見ごろを迎える時期の土曜日・日曜日には多くのカメラマンが訪れるそうです。
龍穏寺では2002年(平成14年)頃に山内のスギ・ヒノキなどの枝打ちを行ったとことそれまであまり目立たなかったモミジが以前よりも際立つようになり、ネットで広く知られるようになったそうです。
本堂は本尊として釈迦牟尼(しゃかむに・釈迦如来)を祀っています。釈迦牟尼は仏教の開祖であるお釈迦様のことです。
紅葉狩りは平安時代に貴族から盛んになり、邸宅にモミジを植えたり、紅葉の名所に出掛けたりしたそうです。紅葉狩りでは紅葉した枝を折って、手のひらにのせて愛でることもあったそうです。その後室町時代に徐々に庶民にも広がり、江戸時代中期には庶民の行楽として人気になったと言われています。ちなみに奈良時代末期に成立したと言われている日本最古の和歌集「万葉集」にはモミジを詠んだ和歌が残されています。

【龍穏寺 歴史・簡単概要】
龍穏寺(りょうおんじ)は室町時代後期の1509年(永正6年)に仁江(にえ)の土豪・足立氏の金幡宗全が玉雲寺(ぎょくうんじ)19世・月山禅宗和尚を開山(初代住持)として創建(開基・開祖)しました。ちなみに玉雲寺は室町時代前期の1395年(応永2年)に曹洞宗(そうとうしゅう)大本山である總持寺(そうじじ)45世・太容梵清禅師(たいようぼんせいぜんじ)が一宇を建立したのが起源とも言われています。江戸時代前期の1619年(元和5年)12月に但馬国出石藩(いずしはん)藩主・小出吉親(こいでよしちか)が入部して園部藩(そのべはん)が成立すると徳雲寺(とくうんじ)が園部藩藩主・小出氏の菩提寺とされ、龍穏寺が園部藩家老・太田氏の菩提寺とされました。ちなみに徳雲寺は南北時代の1385年(至徳2年)に豪族の荘林氏(しょうばやしし)が曹洞宗の開祖・道元(どうげん)の9世の法孫・希曇和尚(きどんおしょう)を開山として創建されたとも言われています。龍穏寺は玉雲寺・徳雲寺とともに「船井の三うん寺」と言われ、末寺32ヶ寺を数えました。また龍穏寺は南丹市の園部町・八木町・日吉町と船井郡の京丹波町から構成されていた旧船井郡に建立されている玉雲寺などとともに船井ごおり三十三ヶ所観音霊場(第2番札所)に数えられています。なお龍穏寺は本尊として釈迦牟尼(しゃかむに・釈迦如来)を祀っています。御詠歌は「あさ日かげ 玉宝山に 輝きて くさもこの葉も めぐむみほとけ」です。
龍穏寺は曹洞宗の寺院です。
*参考・・・龍穏寺(アクセス・歴史・・・)

【龍穏寺紅葉見ごろ 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
龍穏寺(アクセス・見どころ・・・)情報

関連記事

京都観光おすすめ

  1. 祇園祭(後祭)
  2. 久世駒形稚児社参
  3. ちまき(粽)
ページ上部へ戻る