十輪寺声明と三弦を聞く会2019/6/16

十輪寺声明と三弦を聞く会(日程・時間・・・)を紹介しています。声明と三弦を聞く会は毎年6月の第3日曜日頃に行われています。声明と三弦を聞く会では邦楽のルーツともいえる仏教音楽の調べ・声明(しょうみょう)を聞き、三弦(さんげん)と調和する音色を愉しみます。なお声明は仏教の経典などに独特の節をつけた仏教音楽とされます。(詳細下記参照)

【十輪寺声明と三弦を聞く会2019 日程時間(要確認)】
十輪寺声明と三弦を聞く会2019は2019年(令和元年)6月16日(日曜日)13:30から行われます。

【十輪寺声明と三弦を聞く会 アクセス・マップ地図】
場所・・・京都府京都市西京区大原野小塩町481番地
最寄り駅・バス停・・・小塩(徒歩約1分)

阪急バスのアクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*阪急電鉄京都本線・東向日駅からは66系統善峯寺行き
*JR・向日町駅からは66系統善峯寺行き
阪急バス・アクセスダイヤ

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【十輪寺声明と三弦を聞く会 歴史・簡単概要】
十輪寺声明と三弦を聞く会(しょうみょうとさんげんをきくかい)は毎年6月の第3日曜日頃に行われています。声明と三弦を聞く会では邦楽のルーツともいえる仏教音楽の調べ・声明を聞き、三弦と調和する音色を愉しみます。
声明は仏教の経典などに独特の節をつけた仏教音楽とされ、法会儀式などに用いられます。声明はインドから中国、中国から日本に仏教とともに奈良時代に伝わり、754年(天平勝宝4年)の奈良・東大寺(とうだいじ)の大仏開眼法要の際に用いられた記録が残っているそうです。平安時代初期に天台宗の宗祖である伝教大師・最澄や真言宗の宗祖である弘法大師・空海がそれぞれ唐(中国)から声明を伝え、天台声明・真言声明の基礎となったと言われています。なお声明は梵唄(ぼんばい)・梵匿(ぼんのく)・魚山(ぎょざん)・祭文(さいもん)などとも言われています。
三弦(三絃)は14世紀中頃の元 (がん・中国)に俗楽器として現れたのが始まりとも言われています。その後三弦が中国から沖縄に伝わって三線(さんしん)、沖縄から日本本土に伝わって三味線になったとも言われています。ちなみに16世紀に沖縄から大阪・堺に伝わったと言われています。応仁の乱以後、兵庫湊に代わって堺が日明貿易の中継地になり、琉球貿易・南蛮貿易の拠点にもなったそうです。

【十輪寺 歴史・簡単概要】
十輪寺(じゅうりんじ)・業平寺(なりひら寺)は850年(嘉祥3年)に第55代・文徳天皇が染殿皇后(藤原明子・ふじわらのめいし)の安産を祈願する為、天台宗の宗祖である伝教大師(でんぎょうだいし)・最澄作の延命地蔵を安置したのが起源と言われています。その後第51代・平城天皇の孫で、六歌仙・三十六歌仙の一人である在原業平(ありわらのなりひら)が隠棲したことから業平寺(なりひらでら)と言われるようになりました。在原業平は大原野神社(おおはらのじんじゃ)に参詣した第52代・清和天皇の二条后(藤原高子・ふじわらのこうし)に塩竈の紫煙で変わらぬ思いを伝えたとも言われています。その後応仁の乱(1467年(応仁元年)~1477年(文明9年))の兵火などによって衰退し、寛文年間(1661年~1673年)に藤原北家師実流の花山院家(清華家)21代当主・花山院定好(かざんいんさだよし) が再建し、1750年(寛延3年)には現在の本堂が再建されました。なお十輪寺は本尊・延命地蔵菩薩(秘仏)を安置し、京都洛西観音霊場の第三番札所です。
十輪寺は天台宗の寺院です。
*参考・・・十輪寺十輪寺(アクセス・歴史・・・)wikipedia

【十輪寺声明と三弦を聞く会 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
十輪寺(アクセス・見どころ・・・)情報

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