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カテゴリー:その他
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最勝院(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
最勝院は1681年(天和元年)の寺社奉行の裁定以降、浄土宗の寺院・浄土院(じょうどいん)とともに単立寺院で、世界遺産である平等院(びょうどういん)を毎年交代で共同管理しています。 -

浄土院(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
浄土院は1681年(天和元年)の寺社奉行の裁定以降、天台宗系の寺院・最勝院(さいしょういん)とともに単立寺院で、世界遺産である平等院(びょうどういん)を毎年交代で共同管理しています。 -

大超寺(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
大超寺の鍬形薬師(くわがたやくし)はかつて田んぼの中にあり、鍬で田を耕している時に見つかり、鍬の跡が残ったことが名称の由来になっています。なお鍬形薬師は京都十二薬師霊場の第8番札所です。 -

東本願寺山科別院(アクセス・マップ・歴史・・・)
東本願寺山科別院の茶室「陽秋亭」は本願寺8世・蓮如上人(れんにょしょうにん)の隠居所・南殿の遺構と言われています。蓮如上人は本願寺を再興し、山科での布教を続けて南殿に隠居し、1499年(明応8年)に山科本願寺で亡くなりました。 -

本願寺西山別院(アクセス・マップ・歴史・・・)
本願寺西山別院を復興した本願寺第3世・覚如(かくにょ)は親鸞聖人の末娘・覚信尼(かくしんに)の子・覚惠の長男です。覚如は親鸞聖人と同じ延仁寺(えんにんじ)で火葬され、遺言によって妻・善照尼の眠る西山別院・覚祖廟で眠っています。 -

松林院(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
松林院はかつてあった場所は後宇多天皇が造営した舟戸御所があった場所です。舟戸御所は宇治川の船着場があったことから舟津御所と言われるようになりました。また伏見御殿の上御所に対し、下御所とも言われました。 -

稲住神社(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
稲住神社のある場所では1684年(貞享元年)陰陽師・安倍晴明の子孫・土御門泰福が天文方・渋川春海ともに星台を建て、渾天儀(こんてんぎ)による天体観測を行いました。なお土御門泰福は陰陽頭に就任し、以降陰陽師を免許の権限を得ました。 -

石井神社(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
石井神社がかつてあった金蔵寺(こんぞうじ)は西山山地に位置する小塩山(おしおやま)中腹に位置し、平安時代には「京三岩倉」のひとつ「西の岩倉」と言われました。なお金蔵寺の境内には社殿跡が残っています。 -

大森加茂神社(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
大森加茂神社のかつての神事では東・西・左・右・失慰の五座に供物を供え、神輿の前で童子相撲五番勝負が行われたり、神楽が奉納されたりしたそうです。また御簾提灯は御所から新調寄進されたとも言われています。 -

天穂日命神社(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
天穂日命神社の苗塚(なえづか)には伝承が残されています。一夜にして苗が数尺積み上げられてその上に白羽の矢が置かれ、現れた老翁が天照太神・日吉山王を勧請すると帝都の南方を守護するだろうと告げたというものです。 -

山住神社(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
山住神社には本殿はなく、神南備山(かむなびさん)前にご神体の巨石と祠が残されています。なお山住神社がある岩倉(磐座・岩座)の「岩(いわ)」は岩石で囲まれた神を祀る磐境(いわさか)、「倉(くら)」は神が宿る神座を表しているすです。 -

田中神社(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
田中神社は鎌倉時代の「古今著聞集」に平安時代の歌人・和泉式部(いずみしきぶ)が伏見稲荷(伏見稲荷大社)に参った際に田中明神の辺りで時雨にあったと記されています。なお和泉式部は「和泉式部日記」を記しました。














