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カテゴリー:その他
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山科神社(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
山科神社のかつて奥の院とも言われている岩屋神社(いわやじんじゃ)は赤穂藩家老・大石内蔵助が隠棲していた時に大願成就を祈願したと言われています。なお大石内蔵助が隠棲した閑居跡が山科神社の神宮寺とも言われている岩屋寺(いわやじ)です。 -

菱妻神社(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
菱妻神社ゆかりの右大臣・源雅実(みなもとのまさざね)は久我(こが)家の祖で、源氏で初めてとなる太政大臣になるだけでなく、文学や舞楽に長じて「久我相国記」を記しました。なお久我家は村上源氏(中院流)の総本家です。 -

氷室神社(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
氷室神社ゆかりの清原家は主水正(もんどのしょう)として、宮中内の井戸と氷室を管理していました。なお氷室は京都だけでなく、大和(奈良)・河内(大阪)・近江(滋賀)など各地に設けられていたとも言われています。 -

田中神社(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
田中神社には伝承が残されています。田中神社は天正年間に洪水によって流され、鴨川と桂川の合流点近くの現在の場所に流れ着いたが、社殿は無傷だったことからその奇蹟を喜んだ村人が境内を整備し、盛大な祭祀を行ったというものです。 -

八幡宮社(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
八幡宮社は明治維新後の廃仏毀釈により、本地仏をかつて神宮寺だった中道寺(ちゅうどうじ)に移したとも言われています。ちなみに中道寺は寺伝によると聖徳太子の孫である弓削王の時代の751年(天平勝宝3年)に勅願によって創建されたとも言われています。 -

清和天皇社(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
清和天皇社ゆかりの清和法皇は文徳天皇の第4皇子で、850年(嘉祥3年)生後8ヶ月で、兄3親王を差し置いて立皇太子になり、858年(天安2年)9歳で天皇に即位し、876年(貞観18年)27歳で譲位して、879年(元慶3年)には出家しました。 -

勝光寺(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
勝光寺は洛中法華21ヶ寺のひとつです。洛中法華21ヶ寺は天文法華の乱以前に洛中にあった法華宗系の21の本山だったが、天文法華の乱によって全ての寺院が焼失し、後奈良天皇が法華宗帰洛の綸旨を下した後に15ヶ寺が再興されました。 -

熊野神社衣笠分社(アクセス・マップ・歴史・・・)
熊野神社衣笠分社は西大路七福社ご利益めぐりのひとつです。衣笠分社以外には安産祈願のわら天神(敷地神社)・開運の平野神社・建築方除の大将軍八神社・厄除の春日神社・開運の若一神社・学問知恵の吉祥院天満宮があります。 -

長谷八幡宮(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
長谷八幡宮ゆかりの惟喬親王(これたかしんのう)は文徳天皇の第1皇子だったが、摂政・藤原良房の娘・明子が第4皇子・惟仁親王(清和天皇)を生むと皇太子争いに敗れ、大宰帥などを歴任した後に出家して洛北に隠棲しました。 -

大妙寺(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
大妙寺は洛中法華21ヶ寺のひとつです。洛中法華21ヶ寺は天文法華の乱以前に洛中にあった法華宗系の21の本山だったが、天文法華の乱によって全ての寺院が焼失し、後奈良天皇が法華宗帰洛の綸旨を下した後に15ヶ寺が再興されました。 -

石座神社・岩倉火祭(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)
石座神社の氏子によって例年10月に石座神社の火祭り(岩倉火祭)が行われています。火祭りではかつて村人を苦しめた大蛇を退治する為、雌雄の大蛇に見立てた2つの大松明に火を点けて大蛇を退治します。なお昼神事では岩倉踊が奉納されます。 -

西方寺(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
西方寺を創建した宇都宮頼綱は御家人として鎌倉幕府に仕えていたが、謀反の嫌疑を掛けられたことから熊谷直実(蓮生)の勧めにより、浄土宗の開祖・法然上人(ほうねんしょうにん)の元で出家し、京都で隠遁しました。














