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カテゴリー:その他
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江文神社(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
江文神社は古代から江文山(金毘羅山)の頂上で、朝日が一番早く照る場所に祀られ、平安時代後期に現在の場所に移されたとも言われています。また江文神社は毘沙門堂江文寺という神仏習合の宮寺であったとも言われています。 -

岩神神社(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
岩神神社のご神体・巨石(霊石)には怪異現象の伝承が残されています。巨石を二条城辺りから内裏の築山に移そうとした時に吠えたと言われています。また小僧に化けて神泉苑(禁苑)で怪をなし、禿童石(かむろいし)とも言われました。 -

光照寺(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
光照寺ゆかり蓮如上人(れんにょしょうにん)は第7代・存如の長男で、1431年(永享3年)17歳で天台宗・青蓮院で得度し、比叡山・興福寺で修行した後に東国で布教を行い、1457年(長禄元年)に本願寺第8世になりました。 -

福蔵院(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
福蔵院の観音堂には関白・豊臣秀吉の守護仏だった石清水八幡宮・豊蔵坊(ほうぞうぼう)の十一面観音像が天正年間に移されました。なお石清水八幡宮は平安時代前期に八幡宮総本社・宇佐神宮(大分県宇佐市)から勧請されました。 -

光福寺(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
光福寺は1593年(文禄2年)豊臣秀吉が鷹狩りの際に立ち寄り、干菜(ほしな)を献じた為、秀吉から干菜山光福寺の称号を与えられたと言われています。なお光福寺は後柏原天皇から六斎念仏総本寺の勅号も賜ったと言われています。 -

薬師禅寺(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
薬師禅寺の地蔵菩薩(梯子地蔵)には延暦寺で修行していた小僧がおねしょを繰り返して兄弟子に追い出され、小僧が兄弟子の夢枕に立って自分は既に死に地蔵尊に生まれ変わっておねしょで苦しむ人を救済したいと告げたという伝承があります。 -

蓮光院(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
蓮光院を創建したとも言われている弘法大師・空海の甥・真然(しんねん・しんぜん)は9歳で出家し、空海・真雅(しんが)に師事し、834年(承和元年)には空海から高野山の経営を託され、空海の没後には葬儀を指揮したとも言われています。 -

涌泉寺(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
涌泉寺では檀家が松ヶ崎妙法保存会を結成・世襲し、五山送り火に数えられる妙法に奉仕しています。五山送り火が行われる前日8月15日と当日8月16日に涌泉寺の境内では松ヶ崎題目踊・さし踊りが奉納されます。 -

城安寺(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
城安寺は幕末御陵衛士・伊東甲子太郎(いとうかしたろう)らが最初に入った寺です。伊東甲子太郎は水戸藩士・金子健四郎に神道無念流剣術や水戸学を学んで勤王思想に傾倒し、新撰組によって七条油小路で斬殺・粛清されました。 -

来迎寺(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
来迎寺を創建した僧・証空(しょうくう)は1190年(建久元年)に14歳で出家し、浄土宗の開祖・法然上人(ほうねんしょうにん)の弟子になり、1212年(建暦2年)法然上人が臨終するまでの23年間師事しました。 -

尊勝院(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
尊勝院の本尊・元三大師は開創・陽範(ようはん)が霊前で尊勝法の修法を祈念し、霊験が得られたと言われています。なお元三大師は関白・豊臣秀吉が崇敬し、文禄・慶長の役の出陣と伏見城の安寧を祈願したとも言われています。 -

永興寺(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
永興寺ゆかりの曹洞宗の開祖・道元禅師(どうげんぜんじ)は1212年(建暦2年)に延暦寺・良観法印の庵に入り、1213年(建保元年)に菩薩戒を受けたが、1217年(建保5年)に臨済宗・建仁寺に移って明全に学び、日本初の坐禅儀「普勧坐禅儀」を記しました。














