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カテゴリー:その他
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道入寺(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
道入寺(修学院の妙見さん)は洛陽十二支妙見めぐりの第3番札所です。洛陽十二支妙見めぐりは京都御所・紫宸殿を中心に十二支の方角に祀った妙見宮を巡って福寿開運を祈願します。なお道入寺は寅(とら)の方角に当たります。 -

東北院(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
東北院の本尊・弁財天は伝教大師(でんぎょうだいし)・最澄作と言われています。782年(延暦元年)桓武天皇の鎮護国家の守護神についての問いに最澄が大弁財天と答えたことから勅によってを彫られ、禁裏の北東に祀ったと言われています。 -

徳正寺(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
徳正寺のある場所はかつて戦国武将・細川勝久(ほそかわかつひさ)の邸宅があったが、応仁の乱(1467年~1477年)で西軍から火を掛けられて焼失しました。なお徳正寺の境内には「題徳正寺細川井」と記された碑があります。 -

般舟院(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
般舟院は右京区の二尊院(にそんいん)・北区の遣迎院(けんこういん)・上京区の廬山寺(ろざんじ)とともに四箇本寺(御黒戸四箇院)に数えられ、宮中の仏事を司っていました。なお京都御所には「黒戸の間」が残されているそうです。 -

白蓮寺(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
白蓮寺は空也上人(くうやしょうにん)が創建したと言われ、空也ゆかりの寺と言われています。空也上人は自ら十一面観音を刻み、観音を車に乗せて市中を曳き廻し、常に市井にあったことから市聖(いちのひじり)・市上人と言われました。 -

福應寺(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
福應寺を創建した遍昭(へんじょう)は第50代・桓武天皇の孫で、第54代・仁明天皇に仕えたが、850年(嘉祥3年)に出家して花(華)山僧正と言われました。なお遍昭は歌人としても知られ、六歌仙・三十六歌仙のひとりに選ばれています。 -

福成寺(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
福成寺を再興したと言われている広済禅師は臨済宗・天台宗・律宗を修め、臨済宗法灯派の祖・無本覚心(むほんかくしん)の法を継ぎ、建仁寺26世になりました。なお福成寺は京都洛西観音霊場(洛西三十三所観音霊場)の第31番札所です。 -

長源寺(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
長源寺の重要文化財である薬師如来立像は1872年(明治5年)に合寺した恵尊寺の本尊でした。薬師如来立像は1933(昭和8年)年国宝に指定されたが、その後に重要文化財にりました。なお長源寺の本尊は阿弥陀如来立像です。 -

長泉寺(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
長泉寺ゆかりの吉田兼好(よしだけんこう)は歌人で、二条家和歌四天王の一人に数えらました。なお吉田兼好が記した「徒然草」は鴨長明の「方丈記」・清少納言の「枕草子」と合わせて、日本の三大随筆のひとつに数えられてます。 -

袋中菴(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
袋中菴は1652年(承応元年)浄土宗の僧・袋中(たいちゅう)の従兄妹・清信尼が2世になると不断念仏の道場になり、公家・貴族の子弟が作法や身だしなみを学んだそうです。袋中菴の尼僧が密やかに伝承してきた作法に「挿華」があります。 -

大立寺(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
大立寺は当初天台宗五大門跡寺院のひとつである毘沙門堂(びしゃもんどう)と関わり深く、本堂正面に掲げられている扁額「圓通殿」は毘沙門堂・準后宮御門主の真筆と大立寺の古文書に記されているそうです。 -

大蓮寺(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
大蓮寺を創建した俊乗房重源(しゅんじょうぼうちょうげん)は浄土宗の開祖・法然上人(ほうねんしょうにん)の命により、宋(中国)に渡って阿弥陀像3体を持ち帰り、阿弥陀像の内の大像は五劫院、中像は東大寺に安置されたと言われています。















