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カテゴリー:その他
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遣迎院(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
遣迎院の「遣迎」は現世の仏・釈迦の発遣(ほっけん)と来世の仏・阿弥陀の来迎を組み合わせ、西方極楽浄土へ送り出す釈迦と迎える阿弥陀を意味しているそうです。なお遣迎院の本尊は釈迦如来と阿弥陀如来で、重要文化財です。 -

玄忠寺(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
玄忠寺には夏目漱石の小説「坊ちゃん」に登場する「赤シャツ」のモデルの一人と言われている西川忠太郎の墓があります。西川忠太郎は松山中学の首席教諭で、英語を教えていたそうです。なお漱石は1年間松山中学に赴任していました。 -

長得院(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
長得院ゆかりの足利義量(あしかがよしかず)は1423年(応永30年)17歳で父・足利義持から将軍を継ぎ、室町幕府5代将軍になったが、1425年(応永32年)19歳で病死しました。なお義量が亡くなった後は父・義持が将軍代行しました。 -

喜春庵(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
喜春庵はかつて嵯峨天皇の典侍・小野石子邸があり、嵯峨天皇が行幸して漢詩の会を開いたと言われています。なお嵯峨天皇は唐風文化を勧め、漢詩文を好み、弘法大師・空海と橘逸勢と合わせて、三筆と言われました。 -

帰命院(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
帰命院の山端地蔵(やまばなじぞう)は保元年間(1156年~1158年)に僧・西光(さいこう)が七道の辻に7つの地蔵尊を安置した内の西坂本に安置した地蔵尊と言われています。なお西光は後白河法皇の近臣で、鹿ケ谷事件で捕らえられて斬首されました。 -

京極寺(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
京極寺ではかつて八幡宮を祀り、赤八幡京極寺・京極八幡宮とも言われていたが、1912年(大正元年)八幡宮は廃社になりました。なお京極寺を開基した開成皇子は光仁天皇の皇子で、765年(天平神護元年)に勝尾山に入って出家しました。 -

金毛院(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
金毛院を開いた忍澂(にんちょう)は法然上人(ほうねんしょうにん)の讃岐へ流罪や弟子の安楽・住蓮の死罪よって荒廃した法然院(草庵)を再興しました。なお忍澂は11歳で出家し、知恩院第38世・萬無の弟子になりました。 -

九品寺(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
九品寺ゆかりの後鳥羽上皇は熊野臨幸中に寵愛した院の女房・松虫と鈴虫が法然上人(ほうねんしょうにん)の弟子・安楽と住蓮を慕って出家しことに逆鱗し、法然上人を讃岐に流罪、安楽・住蓮を死罪にしたと言われています。 -

源空寺(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
源空寺を創建した忍空上人(にんくうしょうにん)は当初法然上人(ほうねんしょうにん)の「選択本願念仏集(選択集)」を批判していたが、説話に深く帰依し、源空寺を浄土宗に改めて、法然上人の御影を懇願したそうです。 -

観音寺(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
観音寺の本尊・十一面観音は奈良・長谷寺を開山した徳道上人作で、長谷寺の本尊・十一面観音と同木とも言われています。なお徳道上人は686年(朱鳥元年)聖武天皇の勅により、長谷寺を建立したと言われています。 -

恵光寺(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
恵光寺の地蔵堂に安置されている安産地蔵尊は被っている真綿をちぎって、妊婦の腹をさすると安産すると言われ、「安産のお地蔵さま」と言われています。なお恵光寺の境内の崖地に10数体の石仏群があります。 -

円成寺(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
円成寺ゆかりの妙見大菩薩は北極星と北斗七星を神格化した菩薩であり、北斗星を象った法華経守護神と言われています。なお円成寺の妙見堂には霊亀の背に乗った約2メートルの岩戸妙見大菩薩が安置されています。














