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カテゴリー:その他
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宝福寺(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
宝福寺の陰陽石(子授けの石)はかつて伏見城にあり、豊臣秀吉と淀君が子授成就の祈願をし、嫡子・棄丸(秀頼)が授かったと言われています。なお陰陽石と金毘羅堂内の雙身歓喜天と合わせて祈願すると子授けのご利益がアップするそうです。 -

三嶋神社(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
三嶋神社には子授・安産のご利益があると言われています。平安時代に建春門院には皇子誕生がなく、ある夜夢中に翁が現れ、「汝に男子を授く 必ず日嗣たる可し 依って我を帝都巽の方に祀る可し」と告げ、建春門院は皇子を授かったと言われています。 -

安祥寺(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
安祥寺はかつて裏の山にある「上寺」と麓にある「下寺」があり、東西10町・南北15町に及ぶ広大な寺地を有していました。しかし安祥寺の創建を発願した藤原順子が亡くなると朝廷の庇護を失って次第に衰微しました。 -

本光寺(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
本光寺の門前では勤皇派の御陵衛士(高台寺党)・伊東甲子太郎(いとうかしたろう)が新撰組によって粛清されました。なお伊東甲子太郎は水戸藩士・金子健四郎(かねこたけしろう)に神道無念流剣術や水戸学を学んで勤王思想に傾倒したそうです。 -

法嚴寺・法厳寺(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
法嚴寺はかつて世界遺産である清水寺の奥の院と言われていました。清水寺開山である延鎮上人・賢心は夢告に従い、法嚴寺がある音羽山で伝承の僧・行叡居士の沓を拾い、清水寺の山号を「音羽山」にしたと言われています。 -

法蔵寺(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
法蔵寺は尾形乾山(おがたけんざん)の鳴滝窯があった場所です。尾形乾山は本阿弥光悦の孫・空中斎光甫や野々村仁清に陶芸を学びました。なお窯(泉谷窯)が御所の乾(西北)にあった為、作品に「乾山」の銘を記し、号にしました。 -

願徳寺(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
願徳寺がかつてあった場所の発掘調査により、心礎石・土器・瓦類などが発見され、浴場跡も発掘されました。浴場跡は9世紀後半(平安時代)のものとみられ、東大寺の湯屋よりも古く、国内最古と言われています。 -

日野誕生院(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
日野誕生院は浄土真宗開祖・親鸞聖人の生誕地と言われています。誕生院保育園近くには親鸞縁の「産湯の井戸」・「ゑな塚(えなづか)」が残されています。なお親鸞は法然上人を師と仰ぎ、悪人正機を唱えました。 -

福田寺(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
福田寺の歴代住持の中には歌人であり、僧だった俊恵(しゅんえ)がおり、歌の結社「歌林苑」を主宰したそうです。なお「歌林苑」は日本最初の歌人集団とされ、月例会を催し、和歌政所とも言われたこともあったそうです。 -

仏光院(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
仏光院を再建した尼僧・大石順教は大阪堀江の名妓だったが、妻に逃げられて狂乱し、6人が被害者となった堀江事件で、養父・中川萬次郎に両腕を斬り落とされたそうです。なお大石順教は困窮している婦女子の為の福祉活動も行いました。 -

幡枝八幡宮(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
幡枝八幡宮がある場所の南麓からは清泉「石清水」が湧き出し、桃山時代の名工・堀川国広はその「石清水」を使って、刀を鍛えたと言われています。なお幡枝八幡宮には後水尾天皇と刀鍛治・一条廣鍛の故事が残されています。 -

八幡宮(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
八幡宮は勧修寺の鎮守社で、醍醐天皇が勧修寺を建立した際、醍醐天皇が八幡宮の井戸で身を清められたと言われています。また醍醐天皇は勧修寺の庭園から八幡宮の山が亀の甲羅のように見えるところから亀甲山と名付けたとも言われていります。















