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カテゴリー:その他
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任部社(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
任部社は八咫烏命(やたのからすみこと)を祀っています。八咫烏は三本足の烏で、賀茂建角身命の化身とされ、神武天皇の東征の際には皇軍を導いたと言われています。なお1931年日本サッカー協会が八咫烏をシンボルにしています。 -

法雲院(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
法雲院の寂室元光消息は重要文化財に指定されています。なお寂室元光(じゃくしつげんこう)は臨済宗の僧で、1320年(元応2年)に元に渡り、1326年(嘉暦元年)の帰国後は中国・中部地方などを行脚し、備後の永徳寺などを開いています。 -

長福寺(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
長福寺を創建した尼僧・真理は長福寺がある場所を治めていた梅津氏出身で、梅津荘第13代・播磨前司入道青蓮の養女になりました。なお長福寺所蔵の国宝紙本著色花園天皇像 豪信筆・古林清茂墨蹟は京都国立博物館に保管されています。 -

針神社(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
針神社の祭神・金山毘古命は伊邪那美神が迦具土神を産んだ際、その嘔吐物から生まれ、嘔吐物の外形が溶けた鉱物に似ていることから鉱山の神とされました。なお針神社では使い古した針や折れた針を供養する針供養が行われています。 -

羽束師坐高御産日神社(アクセス・マップ・・・)
羽束師坐高御産日神社は901年(延喜元年)菅原道真が藤原時平の告げ口により、太宰府に左遷される際に参詣し、「すてられて おもう思いの しげるをや みをはづかしの もりというらん」と詠んだと言われています。 -

実相寺(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
実相寺を創建した妙実上人は1352年(正平7年・観応3年)の夏に日照りが続き、勅命によって桂川の鍋ケ淵で僧数百人を率いて請雨の祈祷を行ったところ効果があった為、南朝第2代天皇で、第97代・後村上天皇から大僧正を勅賜を賜りました。 -

住吉神社(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
住吉神社は後白河天皇が和歌の三神を勧請することが起源だったこともあり、歴代天皇が歌道伝授の際には勅使を派遣し、代拝したと言われています。なお境内社・人丸神社には飛鳥時代の歌人で、詩聖と称される柿本人麻呂が祀られています。 -

瑞雲院(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
瑞雲院で弔われている小早川秀秋は豊臣秀吉の正室・北政所(ねね)の兄・木下家定の5男で、秀吉の養子として北政所の元で養育されていたが、1600年の関ヶ原の戦では西軍から東軍に寝返り、徳川家康が勝利しました。 -

清閑寺(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
清閑寺と清水寺を結ぶ旧道の小径は「歌の中山」と言われ、それが清閑寺の通称「歌の中山」の由来になっています。清閑寺の真燕僧都が美女を見掛けて俗念を起こした際、美女が「見るにだに まよふ心の はかなくて まことの道を いかでしるべき」と歌を返したことに由来するとも言われています。 -

正法寺(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
正法寺の山号「霊鷲山」は古代インドのマガダ国の首都・王舎城の北東に位置し、釈迦が法華経などを説いたと言われている「霊鷲山」に因んでいます。なお正法寺には「鏡池(山の井)」など二つの井戸があります。 -

松林寺(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
松林寺を創建した清印が母の重病からの回復を祈願した際、薬師如来が現われ、婦人病や安産に効果がある秘薬「蘇命散」の処方法を伝授されたそうです。なお松林寺では戦前まで妙薬が売られていたそうです。 -

斎明神社(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
斎明神社縁の斎王は未婚の皇女・女王から選ばれ、宮中の初斎院で1年間、野宮で1年間身を清め、伊勢に向かったそうです。なお恬子内親王は「伊勢物語」の第69段・狩の使に登場する斎王のモデルと言われています。














