岩船寺ツツジ見ごろ2024(3月下旬~4月上旬頃)
岩船寺ツツジ見ごろ(見頃)
岩船寺ツツジ見ごろ(時期・イベント・・・)情報を紹介しています。岩船寺では山内にミツバツツジが分布し、うす赤紫色のミツバツツジと高さ約6.2メートルの十三重石塔などの光景が美しいと言われています。ウメ・サンシュユ・ミツマタ・ショウジョウバカマ・ツバキ・サクラなども分布し、ミツバツツジと一緒に楽しめる場合があります。(詳細下記参照)
【岩船寺ツツジ見ごろ(例年時期)】
岩船寺のミツバツツジ見ごろは例年3月下旬頃から4月上旬頃です。なおツツジの見ごろはその年の気候などによって多少前後することがあります。
京都ツツジ・サツキ名所・見ごろ
●岩船寺twitterでツツジの状況をリアルタイムチェック。
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【岩船寺ツツジ見ごろ アクセス・マップ】
場所・・・京都府木津川市加茂町岩船上ノ門43
最寄り駅・バス停・・・岩船寺(徒歩すぐ)
アクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*JR加茂駅から岩船寺はコミュニティバス当尾線
路線・時刻表・運賃チェック
【岩船寺ツツジ見ごろ(例年時期)・見どころ 簡単概要】
岩船寺はミツバツツジ(三葉躑躅)の名所です。岩船寺のミツバツツジ見ごろは例年3月下旬頃から4月上旬頃です。
岩船寺では山内にミツバツツジが分布し、うす赤紫色のミツバツツジと高さ約6.2メートルの十三重石塔(重要文化財)などの光景が美しいと言われています。岩船寺にはウメ(梅)・サンシュユ(山茱萸)・ミツマタ(三椏)・ショウジョウバカマ(猩々袴)・ツバキ(椿)・サクラ(桜)・モクレン(木蓮)・ヤマブキ(山吹)・シャクナゲ(石楠花)・シャガ(射干)なども分布し、ミツバツツジと一緒に楽しめる場合があります。
なお岩船寺は関西花の寺二十五カ所の第15番札所になっています。
ミツバツツジ(三葉躑躅)はツツジ科ツツジ属の落葉低木です。ミツバツツジは関東地方・東海地方・近畿地方の太平洋側の山地や丘陵地などに分布しています。日当りがよく、やや乾燥した場所に分布しています。ミツバツツジは葉が3枚輪生することから名前の由来になっています。ちなみに葉は長さ4~7センチの菱形状広卵形で、先が短く尖っています。ミツバツツジは樹高1~3メートルで、直径30~40ミリの漏斗状で深く5裂した花を咲かせます。ミツバツツジは例年4月から5月にピンク色などの花を咲かせます。ミツバツツジは雄しべが5本で、他のミツバツツジ類がほとんど10本であることから区別しやすくなっています。
十三重石塔は鎌倉時代に建立されたとも言われています。十三重石塔は方形の基壇の上に13個の笠石を積み重ねられています。
【岩船寺 歴史・簡単概要】
岩船寺(がんせんじ)は「岩船寺縁起・1632年(寛永9年)編纂」によると奈良時代の729年(天平元年)に第45代・聖武天皇(しょうむてんのう)が夢想により、善根寺(ぜんこんじ)に籠居(ろうきょ)していた僧・行基菩薩(ぎょうきぼさつ)に阿弥陀堂を建立させたのが起源とも言われています。平安時代に真言宗(しんごんしゅう)の開祖である弘法大師(こうぼうだいし)・空海(くうかい)とその甥・智泉大徳(ちせんだいとく)が伝法灌頂(でんぼうかんじょう)を修し、灌頂堂として新たに報恩院を建立しました。その後第52代・嵯峨天皇(さがてんのう)が智泉大徳に皇子誕生の祈願を勅命し、810年(弘仁元年)に第2皇子(第54代・仁明天皇(にんみょうてんのう))が誕生し、813年(弘仁4年)に生母で、嵯峨天皇の后・檀林皇后(だんりんこうごう)が本願になって堂塔伽藍が整備され、最盛期に寺塔39坊を誇っていたと言われています。しかし鎌倉時代の1221年(承久3年)の承久の乱(じょうきゅうのらん)で寺塔の多くを焼失し、1279年(弘安2年)に報恩院を移して本堂にしました。しかし1311年(応長元年)頃の兵火によって失われ、江戸時代前期の寛永年間(1624年~1643年)頃に江戸幕府初代将軍・徳川家康(とくがわいえやす)、第2代将軍・徳川秀忠(とくがわひでただ)らの寄進によって修復されたとも言われています。
岩船寺は真言律宗の寺院です。
*参考・・・岩船寺(アクセス・マップ・歴史・見どころ・・・)ホームページ
【岩船寺ツツジ見ごろ 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
岩船寺(アクセス・見どころ・・・)情報