東寺ハス見ごろ2024(7月上旬~7月下旬頃)
東寺ハス見ごろ(見頃)
東寺ハス見ごろ(時期・イベント・・・)を紹介しています。東寺では東側にある拝観入口である慶賀門入ってすぐ左手にある宝蔵の周りにある池にハスが植えられ、華やかなピンク色などの花が咲きます。ハスは南側に建立されている五重塔と一緒に撮影するのが人気の構図になっています。(詳細下記参照)
【東寺ハス見ごろ(例年時期)】
東寺のハス見ごろは例年7月上旬頃から7月下旬頃です。なおハスの見ごろはその年の気候などによって多少前後することがあります。
京都ハス名所・見ごろ
【東寺ハス見ごろ アクセス・マップ】
場所・・・京都府京都市南区九条町1
最寄り駅・バス停・・・東寺東門前(徒歩すぐ)
アクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅から東寺は42系統(C4乗り場)
*京都駅八条口(南口)アバンティ前からは71系統
*四条河原町からは207系統
*四条烏丸からは207系統
路線・時刻表・運賃チェック
*JRの場合、最寄り駅は京都駅(徒歩約15分)
*近鉄京都線の場合、最寄り駅は東寺駅(徒歩約10分)
【東寺ハス見ごろ(例年時期)・見どころ 簡単概要】
東寺はハス(蓮)の名所です。東寺のハス見ごろは例年7月上旬頃から7月下旬頃です。
東寺では東側にある拝観入口である慶賀門(重要文化財)入ってすぐ左手にある宝蔵(重要文化財)の周りにある池にハスが植えられ、華やかなピンク色などの花が咲きます。ハスの花は早朝に咲き、昼頃には閉じます。宝蔵の周りにはアジサイ(紫陽花)も植えられ、ハスとアジサイが一緒に見られる場合もあります。ハスは南側に建立されている五重塔と一緒に撮影するのが人気の構図になっています。なお東寺では真言宗の宗祖である弘法大師・空海が高野山に向かう際、大師堂(御影堂・不動堂)の不動明王が蓮花門で見送ったという伝承が残っています。不動明王の足下や歩んできた跡に蓮花が咲いたとも言われています。
宝蔵は平安時代後期(1086年~1184年)に建立され、東寺山内最古の建築物と言われています。宝蔵は当初南北に2棟あったが、南棟だけが残りました。宝蔵は火災に備え、塀で囲まれていました。なお宝蔵はかつて弘法大師・空海が師・恵果から授かり、唐(中国)から持ち帰った寺宝などを収蔵していました。
五重塔は1644年(寛永21年)に江戸幕府3代将軍・徳川家光の寄進によって再建されました。五重塔は高さ約54.8メートルで、国内で最も高い木造塔(建築物)です。五重塔には弘法大師・空海が唐(中国)から持ち帰った仏舎利が収められています。五重塔は初層内部に極彩色で彩られた密教空間が広がっています。四方の柱に金剛界曼荼羅(こんごうかいまんだら)、四面の側柱に八大龍王(はちだいりゅうおう)、壁に真言八祖(しんごんはっそ)像が描かれています。
慶賀門は鎌倉時代前期(1185年~1274年)に建立されました。慶賀門は三間一戸の八脚門です。
ハス(蓮)はインド原産のハス科の多年性水生植物です。ハスは古くに中国から渡来し、食用のレンコン(蓮根)や観賞用のハナハス(花ハス)として、日本各地の池・沼・水田などで栽培されるようになりました。ハスは花托(かたく)の形状が蜂の巣に似ていることから古くは「はちす」と言われていました。ハスの花は蓮華(れんげ)と言われ、その名称は仏教とともに中国から伝来したとも言われています。如来像の台座には蓮華をかたどった蓮華座になっています。ハスは泥水の中から清浄な美しい花を咲かせることから仏の知恵や慈悲の象徴とされています。またハスは泥より出でて、泥に染まらずと称され、清らかさや聖性の象徴ともされています。ちなみに極楽浄土の池には「阿弥陀経(あみだきょう)」によると青・黄・赤・白色の車輪のような大きなハスの花が咲いていると言われているそうです。ハスは夏に水上に花茎を伸ばし、紅・淡紅・ピンク色・白色などの花を咲かせます。ハスの花は径10~25センチ、花弁が20数枚で、芳香があります。なおハスの花は早朝に咲き、昼頃には閉じます。
●東寺の歴史(創建から現在)を紹介しています。
東寺歴史(弘法大師・空海)
●東寺の見どころ(金堂・五重塔など)を紹介しています。
東寺見どころ(金堂・五重塔など)
●東寺の七不思議(瓢箪池など)を紹介しています。
東寺七不思議
【東寺 歴史・簡単概要】
東寺(とうじ)・教王護国寺(きょうおうごこくじ)は平安時代初期の796年(延暦15年)に第50代・桓武天皇(かんむてんのう)の発願により、西寺(さいじ・右大寺)とともに国家鎮護の官寺(かんじ)として、都の入口である羅城門(らじょうもん)の東に創建されました。東寺の記録書「東宝記(とうぼうき)・南北朝時代編纂」によると藤原伊勢人(ふじわらのいせんど)が造東寺長官として建立したとも言われています。東寺は平安京の左京・西寺は平安京の右京、または東寺は東国・西寺は西国を守る意味が込められているとも言われています。ちなみに東寺は唯一残る平安京(へいあんきょう)の遺構とも言われています。その後823年(弘仁14年)に真言宗(しんごんしゅう)の宗祖である弘法大師(こうぼうだいし)・空海(くうかい)が第52代・嵯峨天皇(さがてんのう)から賜り、大師堂(御影堂・不動堂)を住房とし、真言密教の根本道場になりました。東寺は「教えの王、国を護る」から教王護国寺と言われたそうです。鎌倉時代には弘法大師信仰の高まり、お大師様の寺として皇族から庶民まで篤く信仰されるようになりました。室町時代中期の1486年(文明18年)の土一揆で多くの伽藍が焼失したが、その後豊臣家・徳川家などの援助によって金堂・五重塔などが再建されました。
東寺は東寺真言宗の総本山です。
*参考・・・東寺(拝観料・アクセス・歴史概要・見どころ・・・)ホームページ
【東寺ハス見ごろ 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
東寺(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報