菅大臣神社の梅見ごろ2025(時期:3月上旬~下旬頃)
菅大臣神社の梅見ごろ・アクセス・概要
菅大臣神社の梅見ごろ(時期・イベント等)を紹介しています。菅大臣神社の梅見ごろは例年3月上旬頃から3月下旬頃です。菅大臣神社では飛梅・紅梅・白梅・枝垂梅などが植えられ、梅と本殿・鳥居・灯籠・狛犬などの光景が美しいと言われています。飛梅は本殿前鳥居の左脇に植えられ、下京区民の誇りの木に指定されています。(詳細下記参照)
【菅大臣神社の梅見ごろ(例年時期)】
菅大臣神社の梅見ごろは例年3月上旬頃から3月下旬頃です。なお梅の開花状況や見ごろ(満開)はその年の気候などによって多少前後することがあります。
京都梅見ごろ2025(北野天満宮・梅宮大社・・・)
【菅大臣神社梅 アクセス・マップ】
場所・・・京都府京都市下京区仏光寺通新町西入菅大臣町187-1
最寄り駅・バス停・・・四条駅(徒歩約5分)
アクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅からは地下鉄烏丸線
地下鉄・アクセスダイヤ
*阪急電鉄京都線の場合、最寄り駅は烏丸駅(徒歩約7分)
【菅大臣神社の梅見ごろ(例年時期) 概要】
菅大臣神社はあまり知られていない梅名所です。菅大臣神社の梅見ごろは例年3月上旬頃から3月下旬頃です。
菅大臣神社では境内に飛梅(とびうめ)・紅梅(こうばい)・白梅(はくばい)・枝垂梅(しだれうめ)などが植えられ、梅と本殿・鳥居(とりい)・灯籠(とうろう)・狛犬(こまいぬ)などの光景が美しいと言われています。飛梅(紅梅)は本殿前の鳥居の左脇に植えられ、下京区民の誇りの木に指定されています。飛梅は昭和30年代に植えられ、樹高約4.5メートル・幹周約0.49メートル・枝張約4.5メートルです。ちなみに菅大臣神社では白梅・枝垂梅が先に見ごろを迎え、紅梅が比較的遅咲きになります。菅大臣神社は境内があまり広くなく、じっくり散策しながらお花見を楽しむのがおすすめです。
菅大臣神社北側には菅大臣神社とともに菅原道真の邸跡とも言われる北菅大臣神社(きたかんだいじんじんじゃ)があり、一緒に散策するのもいいかもしれません。北菅大臣神社の前身である紅梅殿で「東風(こち)吹かば にほひおこせよ 梅の花 主なしとて 春を忘るな」と詠んだと言われています。
- 祭神・菅原道真(すがわらのみちざね)は大宰府に左遷される際、こよなく愛した梅・松・桜との別れを惜しみ、紅梅殿で和歌「東風吹かば にほひおこせよ 梅の花 主なしとて 春を忘るな(拾遺和歌集)」を詠みました。和歌は「春の東風が吹き始めたなら梅の木よ、芳しい匂いを漂わせる花を咲かせておくれ。主人は京にいなくとも春の訪れを忘れないで。」という意味だそうです。ちなみに桜は悲しみに暮れ、葉を落として最後には枯れたと言われています。梅と松は菅原道真の後を追ったが、松は途中で力尽き、兵庫須磨で根を下ろしたと言われています。梅は一晩の内に大宰府に飛来し、飛梅伝説が生まれました。
- 本殿は江戸時代(1603年~1868年)後期の1835年(天保6年)に下鴨神社(しもがもじんじゃ)の旧殿として建立され、1869年(明治2年)に菅大臣神社に移築され、その後幣殿と合わせて八棟造に改修されました。
●京都で人気の梅名所・見ごろを紹介しています。由緒なども確認できます。(下記リンク参照)
京都梅名所・見ごろ
【菅大臣神社 歴史・簡単概要】
菅大臣神社は菅原道真の邸跡(白梅殿・紅梅殿など)と言われ、産湯の井戸が残されています。菅大臣神社は903年(延喜3年)に菅原道真が左遷された大宰府で亡くなった直後に創建されたとも言われています。その後度々兵火に見舞われ、鎌倉時代に南北両社に分かれ、南社にあたる菅大臣神社は天神御所・白梅殿社などと言われました。ちなみに北社にあたる北菅大臣神社は紅梅殿社などと言われました。1614年(慶長19年)に菅原氏ゆかりの曼殊院宮良恕法親王が再興しました。1788年(天明8年)の天明の大火・1864年(元治元年)の元治の大火で焼失し、1869年(明治2年)に下鴨神社の旧殿を移して現在の本殿が建立され、その後幣殿も建立されました。
*参考・・・菅大臣神社(アクセス・マップ・歴史・見どころ・・・)wikipedia
【菅大臣神社梅 備考】
菅大臣神社(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報