京の三閣

金閣寺

京の三閣(京都の三閣)は金閣寺(鹿苑寺)の金閣・銀閣寺(慈照寺)の銀閣・西本願寺(本願寺)の飛雲閣のことです。なお京の三閣に大徳寺の塔頭(たっちゅう)である芳春院(ほうしゅんいん)の呑湖閣(どんこかく)を加え、京の四閣と言われることもあります。更に東福寺の伝衣閣(でんねかく)を加え、京の五閣と言われることもあります。

【金閣 歴史・簡単概要】
金閣(舎利殿)は1398年(応永5年)に建立されたが、1950年(昭和25年)7月2日未明の放火によって焼失し、1955年(昭和30年)に再建されました。金閣は木造三階建(二重三階)の楼閣建築で、一階は金箔が張られずに素木仕上げ、二階は外面が金箔張り、三階は外面・内部(床除く)が金箔張りです。金閣の再建では当初10センチ角の金箔が10万枚(2キロ)使用され、その後の補修では20万枚(20キロ)使用されました。なお一階は寝殿造りで、法水院(ほうすいいん)と言われ、二階は武家造りで、潮音洞(ちょうおんどう)と言われ、三階は禅宗仏殿造りで、究竟頂(くっきょうちょう)と言われています。
金閣寺・鹿苑寺(ろくおんじ)は1224年(元仁元年)公卿・西園寺公経が山荘を造営し、氏寺・西園寺を創建したと言われている場所です。その後1397年(応永4年)室町幕府3代将軍・足利義満が河内の領地との交換によって山荘を譲り受け、義満と義満の妻の没後の1420年(応永27年)舎利殿は義満を開基、夢窓疎石(むそうそせき)を開山として、北山鹿苑寺に改められました。
金閣寺
金閣寺見どころ

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【銀閣(国宝) 歴史・簡単概要】
銀閣(観音殿)は1489年(長享3年)に建立され、江戸時代に数度改修されました。銀閣は木造二階建ての楼閣建築で、二階は当初外面・内面も黒漆塗だったそうです。銀閣の2007年(平成19年)の科学的調査では一度も銀箔が張られていなかったことが判明しました。なお銀閣は一階は住宅風様式で、心空殿(しんくうでん)と言われ、二階は禅宗様式(唐様)で、潮音閣(ちょうおんかく)と言われています。
銀閣が金閣に対し、銀閣と言われるようになったのは江戸時代以降のことです。銀閣と言われるようになった理由は当初銀箔を貼る予定だったが、財政事情や義政の死によってできなかったとも、外壁の黒漆が日光によって銀色に輝いて見えたからとも言われています。
銀閣寺・東山慈照寺(ひがしやまじしょうじ)は平安時代中期に円珍(えんちん)が創建し、寛仁年間に明求が堂宇を再建したが、応仁の乱の兵火によって焼失した浄土寺があった場所です。1473年(文明5年)室町幕府8代将軍・足利義政は将軍職を譲り、浄土寺跡に東山山荘の造営を始めました。その後1490年(延徳2年)義政が亡くなり、遺命によって禅寺に改められました。
銀閣寺
銀閣寺見どころ

【飛雲閣(国宝) 歴史・簡単概要】
飛雲閣(ひうんかく)は江戸時代初期に建立されました。ただ飛雲閣は関白・豊臣秀吉が建てた聚楽第(じゅらくだい・じゅらくてい)の一部とも言われています。飛雲閣は三階建ての楼閣建築です。
西本願寺・龍谷山本願寺(りゅうこくざんほんがんじ)は1272年(文永9年)浄土真宗の開祖・親鸞聖人(しんらんしょうにん)の末娘・覚信尼(かくしんに)が東山鳥辺野北大谷(元大谷)の石塔に納められていた遺骨を改葬し、東山吉水北に六角の廟堂を建立したのが起源です。その後1582年(天正10年)関白・豊臣秀吉から大坂天満の土地を寄進されて移り、1591年(天正19年)秀吉から更に堀川六条の寺地を寄進されて天満から移りました。
西本願寺
西本願寺見どころ

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