清水寺涅槃会2025/2/15(日程時間・・・)経堂
清水寺涅槃会
清水寺涅槃会(日程・時間・・・)を紹介しています。涅槃会は例年2月15日に行われています。涅槃会では経堂に縦約391センチ・横約303センチの大涅槃図が掲げられます。大涅槃図は成就院(じょうじゅいん)日記によると狩野派の絵師・山口雪渓(やまぐちせっけい)が1707年(宝永4年)12月から2か月半を掛けて描いたとも言われています。(詳細下記参照)
【清水寺涅槃会2025 日程時間(要確認)】
清水寺涅槃会2025は2025年(令和7年)2月15日(土曜日)9:00~16:00まで行われます。(現在確認中・要注意)
*参考・・・清水寺ホームページ
【清水寺涅槃会 アクセス・マップ】
場所・・・京都府京都市東山区清水1-294
最寄り駅・バス停・・・清水道(徒歩約10分)、五条坂(徒歩約10分)
アクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅から清水寺は100系統(D1乗り場)、110系統(D1乗り場)、206系統(D2乗り場)
*京都駅八条口(南口)アバンティ前からは202系統
*祇園からは100系統、202系統、206系統、207系統
*四条大宮・四条烏丸・四条河原町・四条京阪からは207系統
*千本丸太町・堀川丸太町・河原町丸太町からは202系統
路線・時刻表・運賃チェック
*京阪電鉄本線の場合、最寄り駅は清水五条駅(徒歩約22分)・祇園四条駅(徒歩約25分)
*阪急京都本線の場合、最寄り駅は京都河原町駅(徒歩約30分)
清水寺アクセス(バス・地下鉄・私鉄・・・)
【清水寺涅槃会 歴史・簡単概要】
清水寺涅槃会(ねはんえ)は4月8日の灌仏会(かんぶつえ)と12月8日の成道会(じょうどうえ)とともに重要な仏事です。涅槃会では経堂(重要文化財)に縦約391センチ・横約303センチの大涅槃図が掲げられます。大涅槃図は清水寺の塔頭・成就院(じょうじゅいん)日記によると狩野派の絵師・山口雪渓(やまぐちせっけい)が1707年(宝永4年)12月から2か月半を掛けて描き、1708年(宝永5年)2月には法要が行われたとも言われています。なお大涅槃図は2003年(平成15年)に約1年を掛けて修復されました。
涅槃会は今から約2,500年前に80歳で入滅(にゅうめつ)したお釈迦様の遺徳追慕と報恩の為に行われる法要です。法要ではお釈迦様が娑羅双樹の下で、頭を北にして西を向き、右脇を下にした姿で横たわり、十大弟子から獣畜・虫類までが嘆き悲しむ様子を描いた涅槃図が掲げられます。涅槃会はお釈迦様が入滅した日が陰暦の2月15日ということから新暦の2月15日や3月15日を中心に行われています。なお涅槃会はお釈迦様が生まれたことを祝う灌仏会(かんぶつえ)とお釈迦様が悟りを開いたこと喜ぶ成道会(じょうどうえ)とともに釈迦の三大法会と言われています。
お釈迦様(釈迦牟尼 ゴータマ・シッダッタ)は仏教の開祖で、世界四聖の一人です。ちなみに仏陀とは悟った者・目覚めた者を意味するお釈迦様の尊称です。お釈迦様は約2,500年前の旧暦の4月8日、インド国境に近いネパールのルンビニーの花園で、父・シャカ族の国王である浄飯王(じょうばんのう・シュッドーダナ)と母・摩耶夫人(まやふじん・マーヤー)との間に生まれました。お釈迦様は生まれてすぐに7歩歩き、右手で天、左手で地を指し、「天上天下唯我独尊」と唱えたとも言われています。29歳で出家し、35歳の旧暦の12月8日の夜明け前、明星出現と同時にブッダガヤの菩提樹の下で、悪魔の誘惑に負けずに悟りを開きました。その後約45年間に渡り、インド各地を回って教えを説き、クシナーラで亡くなりました。お釈迦様の遺骸は火葬され、遺骨は各地の舎利塔(仏塔)に分けて祀られたそうです。
経堂は1633年(寛永10年)に再建されました。経堂の鏡天井には絵師・岡村信基(おかむらのぶもと)が描いた円龍があります。なお経堂は釈迦三尊像・文殊菩薩・普賢菩薩を安置しています。
●清水寺の歴史(創建から現在)を紹介しています。
清水寺歴史(延鎮上人・坂上田村麻呂・・・)
●清水寺の見どころ(清水の舞台・三重塔など)を紹介しています。
清水寺見どころ(清水の舞台・三重塔など)
●清水寺の七不思議(清水の舞台など)を紹介しています。
清水寺七不思議(見どころ)
【清水寺 歴史・簡単概要】
清水寺(きよみずでら)は奈良時代後期の778年(宝亀9年)に奈良・興福寺(こうふくじ)の僧で、子島寺(こじまでら・子嶋寺)で修行していた延鎮上人(えんちんしょうにん)・賢心(けんしん)が「南の地を去れ」という霊夢により、音羽山に庵を結んだのが起源と言われています。その後780年(宝亀11年)に坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)が延鎮上人から鹿狩りの殺生を戒められ、観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)の教えを諭されて、自らの邸宅を仏殿に寄進しました。また坂上田村麻呂は妻とともに本尊・十一面千手観音像と地蔵菩薩・毘沙門天を安置したとも言われています。平安時代前期の805年(延暦24年)に第50代・桓武天皇の御願寺になり、810年(弘仁元年)には鎮護国家の道場になり、第52代・嵯峨天皇から「北観音寺」の宸筆を賜りました。江戸時代前期の1633年(寛永10年)に江戸幕府3代将軍・徳川家光(とくがわいえみつ)の寄進によって本堂(清水の舞台)が再建されました。なお清水寺は1994年(平成6年)世界遺産条約により、ユネスコ世界文化遺産(古都京都の文化財)のひとつに登録されました。
清水寺は北法相宗の本山です。
*参考・・・清水寺(拝観料・アクセス・歴史概要・見どころ・・・)ホームページ
【清水寺涅槃会 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
涅槃会では経堂は無料になります。ただ堂内は撮影できません。
清水寺(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報
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