光明寺紅葉見ごろ

光明寺紅葉見ごろ

光明寺紅葉(見ごろ時期・ライトアップ・アクセス・・・)情報を紹介しています。光明寺は約1万8千坪の広大な山内に数百本とも言われるモミジなどが植えられ、紅葉と総門から本堂(御影堂)を結ぶ表参道である女人坂・鎮守社から閻魔堂を結ぶもみじ参道などの光景が素晴らしいと言われています。光明寺は地元ではモミジの寺とも言われています。(詳細下記参照)

【光明寺紅葉見ごろ時期 2019年(要確認)】
光明寺紅葉は例年11月中旬頃から12月上旬頃に見ごろを迎えます。ただ紅葉の見ごろはその年の気候などによって多少前後することがあります。なお2019年の紅葉見ごろ情報は9月上旬頃から情報発信します。
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【光明寺紅葉・光明寺 アクセス・マップ地図】
場所・・・京都府長岡京市粟生西条ノ内26-1
最寄り駅・バス停・・・旭が丘ホーム前(徒歩約10分)

阪急バスのアクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*阪急電鉄京都本線・長岡天神駅からは22系統  
*JR・長岡京駅からは20系統、22系統 
阪急バス・アクセスダイヤ

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【光明寺紅葉見ごろ時期・見どころ】
光明寺は紅葉の名所です。紅葉は例年11月中旬頃から12月上旬頃に見ごろを迎えます。光明寺は約1万8千坪の広大な山内に数百本とも言われるモミジなどが植えられ、紅葉と総門から本堂(御影堂)を結ぶ表参道である女人坂・鎮守社から閻魔堂を結ぶもみじ参道などの光景が素晴らしいと言われています。光明寺は地元ではモミジの寺とも言われています。
総門は1845年(天保16年)に建立されました。総門は光明寺の正面にある高麗門です。総門は春に桜、秋に紅葉によって彩られます。
女人坂(表参道)は総門から本堂(御影堂)を結ぶ坂道です。女人坂は女性やお年寄りでも上れるように傾斜が緩やかなことから女人坂とも言われています。ちなみに本堂は1754年(宝暦4年)に建立され、法然上人が自ら作った「張子の御影」を祀っています。
もみじ参道は鎮守社・薬医門・閻魔堂を結ぶ約200メートルの参道です。紅葉の特別入山期間中は参拝の最後に通ることになります。
紅葉狩りは平安時代に貴族から盛んになり、邸宅にモミジを植えたり、紅葉の名所に出掛けたりしたそうです。紅葉狩りでは紅葉した枝を折って、手のひらにのせて愛でることもあったそうです。その後室町時代に徐々に庶民にも広がり、江戸時代中期には庶民の行楽として人気になったと言われています。ちなみに奈良時代末期に成立したと言われている日本最古の和歌集「万葉集」にはモミジを詠んだ和歌が残されています。

【光明寺 歴史・簡単概要】
光明寺(こうみょうじ)は浄土宗の開祖・法然上人(ほうねんしょうにん)が43歳の時、最初に念仏の教えを説いたと言われる立教開宗の地とも言われています。法然上人は24歳の時に比叡山を下り、奈良に向かう時に粟生野の村役・高橋茂右衛門宅に一夜の宿を借り、20年後に約束通りに粟生野で念仏の法門を説かれたとも言われています。光明寺は1198年(建久9年)に法然上人の弟子である法力房蓮生(れんせい)・熊谷直実(くまがいなおざね)が法然上人を開山に念仏三昧堂を建立したのが起源と言われています。1212年(建暦2年)に法然上人が亡くなり、1228年(安貞2年)に遺骸を荼毘に付して廟堂が建てられました。法然上人の石棺からは数条の光明が放たれ、粟生野を照らしたとも言われ、そのことを聞いた第87代・四条天皇から勅額「光明寺」を賜り、念仏三昧院に名称を改めました。その後応仁の乱(1467年(応仁元年)~1477年(文明9年))などの兵火によって度々焼失したり、荒廃したりしたが、1656年(明暦2年)に本廟が再建されました。
光明寺は西山浄土宗の総本山です。
*参考・・・光明寺(アクセス・歴史・・・)ホームページ光明寺(アクセス・歴史・・・)wikipedia

【光明寺紅葉見ごろ時期 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
光明寺(アクセス・見どころ・・・)情報

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