三千院シャクナゲ見ごろ2024(4月中旬~下旬頃)
三千院シャクナゲ見ごろ(見頃)
三千院シャクナゲ見ごろ(時期・イベント等)を紹介しています。三千院では聚碧園・有清園・金色不動堂前・受付前など境内各所にシャクナゲが植えられ、シャクナゲと聚碧園・有清園・不動堂前・苔などの光景が美しいと言われています。ちなみに観音堂付近には白色のシャクナゲが比較的多く植えられています。(詳細下記参照)
【三千院シャクナゲ見ごろ(例年時期)】
三千院のシャクナゲ見ごろは例年4月中旬頃から4月下旬頃です。なおシャクナゲの見ごろはその年の気候などによって多少前後することがあります。
京都シャクナゲ名所・見ごろ
【三千院シャクナゲ見ごろ アクセス・マップ】
場所・・・京都府京都市左京区大原来迎院町540
最寄り駅・バス停・・・大原(徒歩約10分)
アクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅から三千院は17系統(C3乗り場)、18系統(C3乗り場)
*四条河原町・三条京阪からは17系統
*四条烏丸からは17系統
京都バス・アクセスダイヤ
【三千院シャクナゲ見ごろ(例年時期)・見どころ 簡単概要】
三千院はシャクナゲ(石楠花)の名所です。三千院のシャクナゲ見ごろは例年4月中旬頃から4月下旬頃です。
三千院では聚碧園(しゅうへきえん)・有清園(ゆうせいえん)・金色不動堂前・受付前など境内各所にシャクナゲが植えられ、シャクナゲと聚碧園・有清園・不動堂前・苔などの光景が美しいと言われています。ちなみに観音堂付近には白色のシャクナゲが比較的多く植えられています。三千院にはヤマブキ(山吹)・ネコヤナギ(猫柳)・ヤマザクラ(山桜)・紅枝垂桜・モクレン(木蓮)なども植えられ、シャクナゲと一緒に楽しめる場合もあります。
シャクナゲ(石楠花・石南花)はツツジ科シャクナゲ属の常緑低木です。シャクナゲは北半球の亜寒帯から熱帯山地に広い範囲に分布し、特にヒマラヤ周辺に多くの種が分布しています。シャクナゲは原種が19世紀中期にプラントハンターが中国から西欧にもたらし、その花の美しさから世界各地で5千を超す園芸品種が作り出されました。日本にはツクシシャクナゲ(筑紫石楠花)・ハクサンシャクナゲ(白山石楠花)・ホソバシャクナゲ(細葉石楠花)・キバナシャクナゲ(黄花石楠花)などが自生し、ツクシシャクナゲには変種もあります。また日本では屋久島原産のヤクシマシャクナゲ(屋久島石楠花)を使って園芸品種が作り出されています。シャクナゲは樹高約50センチ~約5メートルで、赤・白・黄・ピンクなど変化に富んだ大きく豪華な花を咲かせます。花は径40~50ミリの漏斗状で、先が7裂しています。シャクナゲは例年4月下旬頃~5月中旬頃に見ごろを迎えます。
聚碧園は客殿の庭園で、池泉観賞式庭園です。聚碧園は東部が山畔を利用した上下二段式、南部が円形とひょうたん形の池泉をむすんだ池庭です。聚碧園は金森宗和が自らの手を加えたとも言われています。聚碧園には緑(碧)の集(聚)まる地という意味があるそうです。
有清園は宸殿から往生極楽院を眺める池泉回遊式庭園です。有清園は青苔に杉・桧などの木立が並び、山畔を利用して上部に三段式になった滝を配し、渓谷式に水を流して池泉に注ぎます。有清園には彫刻家・杉村孝作のわらべ地蔵も置かれています。有清園の名称は西晋の詩人・謝霊運が詠んだ招隠詩の一節「山水清音有」に由来しています。
金色不動堂は祈願道場です。金色不動堂は1989年(平成元年)に建立されました。金色不動堂は智証大師・円珍作とも言われている本尊(秘仏)・不動明王立像(重要文化財)を安置しています。
●三千院の歴史(創建から現在)を紹介しています。
三千院歴史(伝教大師・最澄)
●三千院の見どころ(往生極楽院・客殿など)を紹介しています。
三千院見どころ(往生極楽院・客殿など)
【三千院 歴史・簡単概要】
三千院(さんぜんいん)は788年(延暦7年)に天台宗(てんだいしゅう)の宗祖である伝教大師(でんぎょうだいし)・最澄(さいちょう)が比叡山(ひえいざん)に延暦寺(えんりゃくじ)を創建し、比叡山東塔南谷(とうとうみなみだに)の山梨の大木の下に一宇・円融房(えんにゅうぼう)を構えたのが起源と言われています。その後第3代天台座主(てんだいざす)である慈覚大師(じかくだいし)・円仁(えんにん)が引き継ぎました。860年(貞観2年)に承雲和尚(じょううんおしょう)が伽藍を建立し、伝教大師・最澄作の薬師如来(やくしにょらい)像を安置し、円融院(えんゆういん)と称したとも言われています。1118年(元永元年)に第73代・堀河天皇(ほりかわてんのう)の皇子・最雲法親王(さいうんほっしんのう)が入寺し、宮門跡(みやもんぜき)になりました。三千院は比叡山内から近江坂本に移り、1232年(貞永元年)に火災に見舞われると京都の洛中・東山を転々とし、名称も円融房・梨下房・梨下門跡・梶井宮などと改めました。1871年(明治4年)に大原の政所(まんどころ)を本坊と定め、名称を三千院(三千院門跡)に改めました。
三千院は天台宗の寺院です。
*参考・・・京都・三千院(アクセス・マップ・歴史・見どころ・・・)ホームページ
【三千院シャクナゲ見ごろ 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
三千院(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報