京都舞鶴市の桜名所・穴場・見頃|与保呂川千本桜等の人気スポット

京都舞鶴市の桜名所・穴場・見頃
京都舞鶴市の桜名所・穴場を紹介しています。舞鶴市の桜名所・穴場には舞鶴市の天然記念物である吉田のしだれ桜がある瑠璃寺、長さ約7キロの桜並木が続く与保呂川千本桜、アロハ桜が植えられている共楽公園などがあります。なお京都では例年3月下旬頃から4月上旬頃に桜の見頃を迎えるが、その年の気候や地理的条件などによって多少前後することがあります。
- 吉田のしだれ桜・瑠璃寺:見頃4月上旬頃~4月中旬頃
- 与保呂川千本桜:見頃4月上旬頃~4月中旬頃
- 引揚記念公園:見頃4月上旬頃~4月中旬頃
- 共楽公園:見頃4月上旬頃~4月中旬頃
- 舞鶴公園:見頃4月上旬頃~4月中旬頃
【舞鶴市 歴史・簡単概要】
舞鶴市は京都府北部に位置しています。舞鶴市は京都府の綾部市・宮津市・福知山市、福井県の高浜町に接し、舞鶴都市圏を形成する港湾都市です。舞鶴市は丹波高地北部に位置し、西部を一級河川・由良川が北側に流れ、北側を若狭湾の支湾である舞鶴湾に面しています。舞鶴市は市街地が標高約301メートルの五老岳により、東部の東舞鶴と西部の西舞鶴に分けられています。西舞鶴は1580年(天正8年)に細川幽斎(細川藤孝)が田辺城(舞鶴城)を築城すると城下町として整備され、江戸時代に牧野氏田辺藩の城下町・西廻航路の港町として発展しました。東舞鶴は1901年(明治34年)に海軍鎮守府が設置されると海軍機関学校・造兵廠・造船所なども置かれ、軍都に発展しました。
【吉田のしだれ桜・瑠璃寺(るりじ)|舞鶴市吉田170】
瑠璃寺には石垣の上に吉田のしだれ桜と言われる樹齢300年の枝垂桜・樹齢80年の枝垂桜が植えられ、石垣の上から滝のように美しい花を咲かせます。吉田のしだれ桜は樹高約8メートル・幹周約2.5メートルで、舞鶴市指定文化財(舞鶴市の天然記念物)に指定されています。
瑠璃寺は起源が明確ではありません。瑠璃寺は元応年間(1319年~1320年)に創建されたとも、1812年(文化9年)に記された瑠璃寺過去帳によると1609年(慶長14年)に大渓和尚が創建したとも言われています。
吉田のしだれ桜・瑠璃寺桜見ごろ
【与保呂川千本桜(よほろがわせんぼんざくら)|舞鶴市】
与保呂川千本桜は与保呂川沿いなど長さ約7キロに染井吉野などの桜が植えられ、桜並木が続いています。桜は2008年(平成20年)に発足した特定非営利法人・舞鶴ドリーム与保呂川を桜の天の川にする会などが植樹・管理しているそうです。
与保呂川は舞鶴市と綾部市を隔てる標高約665メートルの養老山を源とし、舞鶴市街地を流れて若狭湾の支湾・舞鶴湾に注いでいます。与保呂川は二級河川で、東舞鶴地区最大の河川と言われています。
与保呂川千本桜見ごろ
【引揚記念公園(ひきあげきねんこうえん)|舞鶴市字平地内】
引揚記念公園には染井吉野・八重桜・横浜緋桜など約170本の桜が植えられ、展望台から美しい眺望を眺めることができます。八重桜は引揚やシベリア抑留の体験者が植樹したそうです。
引揚記念公園は1969年(昭和44年)に66万4,531の引揚者・1万6,269柱の遺骨を迎え入れた引揚桟橋・舞鶴引揚援護局跡地を見下ろす丘陵地に整備されました。引揚記念公園には舞鶴引揚記念館・展望広場・円形広場・展望台・戦没者への弔意と世界の恒久平和を訴える平和の群像などがあります。舞鶴引揚記念館は1988年(昭和63年)に引揚に関する資料などを展示する日本唯一の施設として開館されました。
引揚記念公園桜見ごろ
【共楽公園(きょうらくこうえん)|舞鶴市余部下・余部上地内】
共楽公園にはアロハ桜・染井吉野・山桜など約450本の桜が植えられ、桜の見頃にライトアップを行われています。(要確認)アロハ桜はアメリカ進駐軍の日系2世の兵士が市民を励ます為に70本の桜の苗木を購入して贈ったと言われる日米友好のシンボルです。
共楽公園桜ライトアップ
共楽公園は舞鶴市中央部の中舞鶴地区にある標高約47メートルの小山に整備された都市公園です。共楽公園は大正時代に住民らが日本海軍の許可を得て土地を買収し、中舞鶴地区にある唯一の公園として住民に親しまれました。共楽公園の名称は舞鶴鎮守府から「市民との憩いの場に」との意味を込めて名付けられたとも言われています。
共楽公園桜見ごろ
【桂林寺(けいりんじ)|舞鶴市紺屋69】
桂林寺には枝垂桜・染井吉野などの桜が植えられ、本堂前の染井吉野は鐘楼門を額縁に見立てて見ることもできます。
桂林寺は起源が明確ではありません。桂林寺は565年(欽明天皇26年)に勅願によって薬師寺として創建されたのが起源とも言われています。また桂林寺は1401年(応永8年)に竺翁雄仙和尚が創建したとも言われています。1451年(宝徳3年)に佐武ヶ獄城城主・坂根修理亮が父・桂林院の菩提を弔う為に堂宇を建立し、寺領を寄進したことから寺号を桂林寺に改めたと言われています。
桂林寺桜見ごろ
【舞鶴公園(まいづるこうえん)|舞鶴市字南田辺地内】
舞鶴公園には染井吉野など約100本の桜が植えられ、桜の見頃にぼんぼりが灯されます。(要確認)桜は本丸跡に田辺藩の旧藩士が植えられたものと言われています。
舞鶴公園は戦国時代に細川幽斎・忠興親子が築城した田辺城(舞鶴城)跡に整備された公園です。田辺城は鎌倉幕府・室町幕府の八田守護所(丹後守護所)の後身とも言われ、1578年(天正6年)に細川幽斎が織田信長の命によって一色義道を滅ぼし、京都への交通の要所である旧丹後守護所に築城しました。舞鶴公園には歴代城主や田辺城の歴史を紹介する資料館・自由広場・児童広場・彰古館などがあります。
舞鶴公園桜見ごろ
【本行寺(ほんぎょうじ)|舞鶴市引土新12】
本行寺では南側の高台にある西山公園に枝垂桜・染井吉野などの桜が植えられています。西山公園にはかつて樹齢100年近い桜の大木がたくさん植えられていたが、その後多くが枯れ、2000年(平成12年)頃から桜が植樹されています。
本行寺は1556年(弘治2年)に安久兵左衛門を開基旦那、法華宗真門流の総本山・本隆寺6世・證誠院日雄上人を開山として創建されました。当初、安久に建立されていたが、1601年(慶長6年)に高知流京極家の祖で、宮津藩初代藩主・京極高知から外護されて現在の場所に移され、京極高知の菩提寺になりました。
本行寺桜見ごろ
【大波街道(おおばかいどう)|舞鶴市大波下】
大波街道には約80本の桜が植えられ、桜並木が続きます。
大波街道は京都府道・福井県道21号舞鶴野原港高浜線の一部の区間のことです。舞鶴市の東市街地から約3キロのところにあります。大波街道は1952年(昭和27年)に日本板硝子舞鶴工場が建設され、1957年(昭和32年)に操業5周年を記念し、北側の日本板硝子舞鶴工場から南側の自衛隊舞鶴教育隊までの約2キロに230本の桜の苗木が植えられたと言われています。2006年(平成18年)に桜の植樹から50年近く経過して桜の樹勢が衰えてきた為、日本板硝子舞鶴工場に大波街道の桜を守る会がつくられたそうです。
大波街道桜見ごろ
【京都舞鶴市の桜名所・穴場・見頃 備考】
京都桜ライトアップ2026(清水寺・円山公園・東寺・・・)















