祇園祭橋弁慶山舁き初め2023/7/21/11:00~

橋弁慶山

祇園祭橋弁慶山舁き初め

祇園祭橋弁慶山舁き初め(日程・時間・・・)を紹介しています。祇園祭橋弁慶山舁き初めは例年7月21日に行われています。橋弁慶山舁き初めでは7月24日の祇園祭山鉾巡行(後祭)に先立って、組み立てられたばかりの橋弁慶山を本番さながらに動かします。橋弁慶山舁き初めは他の山鉾と異なり、山鉾町の関係者によって舁かれます。(詳細下記参照)

●祇園祭2023最新情報。

【祇園祭橋弁慶山舁き初め2023 日程時間(要確認)】
祇園祭橋弁慶山舁き初め2023(●コロナによる実施の有無・内容要確認)は2023年(令和5年)7月21日(金曜日)11:00から行われます。
祇園祭2023日程一覧(宵山屋台・山鉾巡行・・・)

【祇園祭橋弁慶山舁き初め・橋弁慶山 アクセス・マップ】
場所・・・京都府京都市中京区蛸薬師通烏丸西入橋弁慶町
最寄り駅・バス停・・・四条駅(徒歩約5分)

アクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅からは地下鉄烏丸線
祇園祭山鉾マップ(後祭)by グーグルマップ

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【祇園祭橋弁慶山舁き初め 歴史・簡単概要】
祇園祭橋弁慶山舁き初め(はしべんけいやまかきぞめ)では7月24日の祇園祭山鉾巡行(後祭)に先立って、組み立てられたばかりの橋弁慶山を本番さながらに動かします。橋弁慶山舁き初めは他の山鉾と異なり、一般の参加者が舁くのではなく、山鉾町の関係者によって舁かれます。ちなみに橋弁慶山舁き初めでは東西に伸びる蛸薬師通(たこやくしどおり)を短距離だが舁いて動かします。蛸薬師通は電線などが低い場所があり、前祭の蟷螂山(とうろうやま)の舁き初めと同じように電線を持ち上げる珍しい光景を見ることができます。
橋弁慶山は2008年(平成20年)に測定されたデータによると重さは約0.8トンでした。
祇園祭山鉾巡行(後祭)

【祇園祭 歴史・簡単概要】
祇園祭(ぎおんまつり)は平安時代前期の869年(貞観11年)に全国に疫病が流行し、牛頭天王(ごずてんのう)・素戔嗚尊(すさのおのみこと)の祟りであるとし、卜部日良麿(うらべのひらまろ)が神泉苑に国の数と同じ66本の鉾を立て、悪霊を移して穢れを祓い、薬師如来の化身とされる牛頭天王を祀り、更に牛頭天王を主祭神とする八坂神社から3基の神輿を送り、病魔退散を祈願した祇園御霊会(ぎおんごりょうえ)が起源と言われています。970年(天禄元年)から例年6月14日に行われるようになりました。
祇園祭歴史年表・由来(869年~)

【橋弁慶山 歴史・簡単概要】
橋弁慶山(読み方:はしべんけいやま)は起源が明確ではありません。橋弁慶山は室町時代中期の応仁の乱(1467年(応仁元年)~1477年(文明9年))前の山鉾と地名を記した「祗園社記(ぎおんしゃき)」第15(八坂神社記録)には「うし若辨慶山(四條坊門烏丸と室町間)」と記され、応仁の乱前には既に創建されていたと言われています。また橋弁慶山は室町時代の町人が祇園祭について話し合っている狂言・鬮罪人(くじざいにん)に鯉山(こいやま)とともに登場し、室町時代には既に創建されていたとも言われています。橋弁慶山は五条橋で弁慶と牛若丸(源義経)の出会った謡曲・橋弁慶に由来しています。弁慶は五条の天神に丑の刻詣を行っていたことから満願の夜も出掛けようとしました。しかし従者が昨夜五条橋で、少年が通行人を小太刀で斬り回り、その強さは化け物のようで、危ないからと止めたました。弁慶は一旦は躊躇したが、物笑いの種になると化け物退治に出掛けました。一方牛若丸は五条橋で腕だめしをしていたが、明日鞍馬に帰ることになっており、最後の夜に弁慶と出会いました。弁慶と牛若丸は斬り合いになったが、剛勇無双の弁慶も牛若丸には全く歯が立たず、弁慶は牛若丸に名を尋ねて降参し、主従の契りを結んだそうです。橋弁慶山は戦国時代(室町時代後期)の1500年(明応9年)に山鉾巡行の順番を決める際、理由は定かではないが、小型の山の中で唯一くじ(鬮)取らずで巡行の一番先頭を行く特権を確保していました。
*参考・・・橋弁慶山(祇園祭山鉾後祭)ホームページ

【祇園祭橋弁慶山舁き初め 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
祇園祭2023日程(ちまき販売・宵山屋台・・・)

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