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カテゴリー:観光スポット
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雙林寺・双林寺(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
雙林寺・双林寺の本尊・薬師如来坐像(重要文化財)は天台宗の祖である伝教大師(でんぎょうだいし)・最澄作とも言われ、天台七仏薬師のひとつに数えられています。なお薬師如来坐像は京都十二薬師霊場の第7番札所です。 -

繁昌神社(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
繁昌神社(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報。繁昌神社では弁財天の元になった三姫神(市杵島姫命・田心姫命・湍津姫命)を祀ったことから弁財天の別称・針才女(はりさいじょ)が転訛して班女神社(はんにょじんじゃ)と言われ、やがて繁昌町の神社から繁昌神社になったとも言われています。 -

白毫寺(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
白毫寺(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報。白毫寺を創建したとも言われている僧・忍性(にんしょう)が16歳で出家して額安寺などで修行し、1239年(延応元年)に西大寺・叡尊の戒を受けて弟子になりました。なお忍性は非人を文殊菩薩の化身とし、らい病になった非人の救済に尽くしました。 -

大聖寺(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
大聖寺(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報。大聖寺は北朝第5代・後円融天皇の皇女・理栄宮の入寺以来、「御寺御所(おてらのごしょ)」と言われ、正親町天皇の皇女が入寺した際には天皇から尼門跡第1位の綸旨(りんじ)を賜り、尼門跡筆頭(第2位宝鏡寺・第3位曇華院)になりました。 -

十念寺(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
十念寺(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報。十念寺(宝樹院)を建てた室町幕府6代将軍・足利義教は3代将軍・足利義満の子で、1408年(応永15年)に得度したが、1428年(正長元年)に4代将軍・足利義持が急死し、還俗してクジによって将軍になったが、赤松満祐によって斬殺されました。 -

聖光寺(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
聖光寺(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報。聖光寺には赤穂藩家老・大石内蔵助の母と赤穂義士の討入の為に武器を納入したと言われている商人・天野屋利兵衛(あまのやりへえ)の墓があります。なお大石内蔵助は赤穂藩取り潰し後は山科に隠棲していました。 -

善願寺(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
善願寺の樹齢1000年以上と言われている榧の木は絶世の美女・小野小町が深草少将の百夜通いの際に蒔いた99個のひとつと言われています。なお深草少将は能「百夜通い」に登場し、小野小町の元に九十九夜通ったが、思いが叶わずに亡くなりました。 -

禅華院(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
禅華院がある比叡山の西側には比叡山三千坊と言われた延暦寺の末寺がたくさんあり、坂本(大津市)に対して西坂本と言われていました。なお山科にある岩屋寺(大石寺)なども比叡山三千坊のひとつと言われています。 -

善長寺(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
善長寺(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報。善長寺の地蔵菩薩は洛陽四十八願所地蔵めぐり(京都四十八願寺)の第35番札所です。地蔵菩薩は四国八十八ヶ所霊場の第19番札所・立江寺(たつえじ)の本尊・立江地蔵菩薩像と同じご利益があるとされ、立江地蔵と言われていました。 -

新徳寺(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
新徳寺(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報。新徳寺の地蔵菩薩は「屋根葺地蔵(やねふきじぞう)」と言われています。鎌倉時代にお地蔵さまを信仰していた老女の家が大風で壊れ、若い法師になったお地蔵さまが屋根を葺き替えたことから「屋根葺地蔵」と言われるようになりました。 -

角坊(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
角坊(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報。角坊は浄土真宗の開祖・親鸞聖人の往生地と言われています。角坊(善法院)はかつて親鸞聖人の弟・尋有(じんう)が住し、火災によって焼け出された親鸞聖人が移り、1263年(弘長3年)尋有や末娘・覚信尼らに看取られて90歳で亡くなりました。 -

常照皇寺(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
常照皇寺(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報。常照皇寺に植えられている九重桜は国の天然記念物で、樹齢600年以上とも言われています。九重桜は北朝第2代・光明天皇のお手植えとも言われています。光明天皇は洛北での厳しい暮らしを慰める為に都から桜を持参したとも言われています。

























