占出山(ちまき販売・・・)安産のご利益

占出山

占出山(読み方:うらでやま)

占出山(ちまき販売・ご利益・マップ)を紹介しています。占出山ちまき販売は例年7月13日から16日です。(要確認)占出山ちまきのご利益は安産です。占出山は真松(松の木)を他の山と異なり、黒松を立てています。

【祇園祭ちまき販売(前祭) 販売日・時間(要確認)】
祇園祭ちまき販売(前祭)は例年7月14日~16日です。一部の山鉾町では7月13日から始まります。●ちまきの飾り方は疫病神が進入してくる玄関の軒下などに吊るします。ちまきの処分は山鉾町や八坂神社に納めます。
祇園祭ちまき販売(前祭)2022
●例年、占出山のちまき販売日・時間(会所)は7月13日(10:00~22:00)・14日~16日(9:00~23:00)です。(要確認)
●祇園祭の主要行事の日程を確認できます。(下記リンク参照)
祇園祭2022日程(ちまき販売・宵山屋台・・・)

【占出山 マップ・アクセス】
場所・・・京都府京都市中京区錦小路通烏丸西入ル占出山町
最寄り駅・バス停・・・四条駅(徒歩約7分)

アクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅からは地下鉄烏丸線
祇園祭山鉾マップ(前祭)by グーグルマップ

【占出山 ちまきなどの授与品】
ちまき(粽)・手拭・腹帯・安産のお守り・粽土鈴・吉兆あゆ(お菓子)など

【占出山 搭乗】

【占出山 ご利益】
安産

スポンサーリンク

【占出山 歴史・簡単概要】
占出山(読み方:うらでやま)は起源が明確ではありません。占出山は室町時代中期の応仁の乱(1467年(応仁元年)~1477年(文明9年))前の山鉾と地名を記した「祗園社記(ぎおんしゃき)」第15(八坂神社記録)に記されておらず、応仁の乱後に創建されたとも言われています。戦国時代(室町時代後期)の1500年(明応9年)の鬮取り次第に「十二番 神功皇后山 アユツリヤマ ニシキノ小路烏丸ト室町ノ間」と記され、応仁の乱後にアユツリ山として創建されたと言われています。占出山は神功皇后(じんぐうこうごう)による三韓征伐(さんかんせいばつ)の際、肥前松浦川(ひぜんまつうらがわ)で鮎を釣って戦勝の兆としたという説話に由来しています。神功皇后は第14代・仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)の后とされています。第14代・仲哀天皇が熊襲(くまそ)を討つ為に九州に赴いて筑紫・香椎宮(かしいぐう)で急死すると同行していた神功皇后は妊娠中にも関わらずに新羅(しらぎ)に遠征し、新羅を戦わずして降服され、筑紫に帰って第15代・応神天皇(おうじんてんのう)を無事に産んだと言われています。三韓征伐では新羅以外の百済(くだら)・高句麗(こうくり)も新羅同様に日本に朝貢を約したと言われています。なお占出山は鮎釣山(あゆつりやま)とも言われています。
*参考・・・占出山(祇園祭山鉾前祭)
●祇園祭山鉾は平安時代中期の999年(長保元年)が起源とも言われています。
祇園祭山鉾とは疫神を鎮める依り代

【占出山 特徴・懸装品】
●真松(松の木)は他の山と異なり、黒松を立てています。
●御神体は金の烏帽子(えぼし)に太刀をはき、右手に釣竿、左手に釣り上げた約40センチの鮎を持っています。また衣装の下には安産祈願の腹帯が巻かれているそうです。なお神功皇后は古くから安産の神とされていたことから公家の信仰も厚く、女院や公卿の姫君などから贈られた小袖・打掛・水干(すいかん)などの衣裳がたくさん保存されています。
●水引は柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)などを描いた三十六歌仙図の刺繍(ししゅう)です。前懸と胴懸は江戸時代後期の1831年(天保2年)に作られた日本三景(松島・宮島・天橋立)の綴錦だったが、レプリカに代えられました。なおち山口素岳の松島図の下絵は別に保存されていす。なお見送は花鳥龍文様の綴錦だったが、近年レプリカに代えられました。

【占出山 行事(要確認)】
●宵山(7月14日~7月16日)では夕方から駒形提灯を灯します。
祇園祭宵山(前祭)
●山鉾巡行(7月17日)では四条烏丸から四条通・河原町通・御池通の順に巡行します。
祇園祭山鉾巡行(前祭)

【占出山 備考(要確認)】
占出山の山建て・・・7/13 9:00~
日程・時間は変更になっている場合があります。必ず確認して下さい。
宵山では神功皇后に因んで、安産の御守り・腹帯が授与されます。
祇園祭2022日程一覧(宵山屋台・山鉾巡行・・・)
●祇園祭の山鉾(前祭23基・後祭11基・休山1基)の名称・読み方・由緒・ちまき(粽)などの情報を確認できます。
祇園祭山鉾一覧

関連記事

京都観光おすすめ

  1. 錦市場
  2. 竹林の道
  3. 嵐山
ページ上部へ戻る