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カテゴリー:その他
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法音寺(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
法音寺は五山送り火に数えられる左大文字の発祥地・旧大北山村の菩提寺とされ、法音寺では檀家が1920年(大正9年)に左大文字保存会を結成・世襲しています。法音寺の灯明が左大文字の親火になって点火されます。 -

竹林寺(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
竹林寺には1863年(文久3年)の但馬・生野の変で処刑された尊攘派志士・平野国臣や1864年(元治元年)の池田屋騒動で新撰組に捕えられた攘夷派志士・古高俊太郎などの勤皇の志士37士の墓があります。 -

祐正寺(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
祐正寺は洛陽四十八願所地蔵めぐり(京都四十八願寺)の第9番札所です。なお祐正寺の地蔵は妻取地蔵(妻娶地蔵・妻娶結地蔵)と言われ、男性向けの縁結び・家庭円満・家運隆盛にご利益があると言われています。 -

光縁寺(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
光縁寺には新撰組隊士局中法度違反とされ切腹、粛清された隊士などの墓があります。光縁寺の住職・良誉上人(りょうよしょうにん)と新撰組副隊長・山南敬介との親交から屯所で切腹した隊士達が弔われ、埋葬されることになったそうです。 -

来迎院(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
来迎院は経典などに独特の節をつけ、僧侶によって唱和される天台声明(てんだいしょうみょう)の道場だった。天台声明(魚山声明)は唐・魚山で14年間の仏教修学後、日本に戻った慈覚大師・円仁によって伝えられました。 -

補陀洛寺(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
補陀洛寺は平安時代前期の六歌仙・三十六歌仙である小野小町の終焉の地と言われています。境内には小町老衰像・小野小町塔・亡骸から生えたという「穴目のススキ」・小野楓・小野小町姿見の井戸などがあります。 -

元慶寺(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
元慶寺は藤原兼家・道兼親子の策略による寛和の変より、兼家の外孫・懐仁親王が一条天皇になり、花山天皇が出家させられた寺です。なお元慶寺は花山法皇の宸影を安置している為、花山寺とも言われています。 -

櫟谷七野神社(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
櫟谷七野神社がある地域はかつて賀茂社(上賀茂神社・下鴨神社)に奉仕する斎王の常の御所・賀茂斎院があり、境内には大炊殿・膳部殿などがあったと言われています。斎王は京都三大祭のひとつ葵祭にゆかりがありました。 -

栄春寺(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
栄春寺の観音堂は1600年(慶長5年)に東軍・徳川家の家臣・鳥居元忠らが西軍・石田三成に破れ、自刃した伏見城の遺構が使われ、血天井と言われています。また墓地には唯一現存する伏見城総構え(土塁)遺構があります。 -

西林寺(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
西林寺は愛宕山の天狗(太郎坊)が都見物の際、境内にある松(天狗の松)で羽根を休ませた為、山号「羽休山飛行院(うきゅうさんひこういん)」と言われています。なお松(天狗の松)は枯れています。 -

一様院(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
一様院は尼僧・隠巌禅尼を迎えて以来尼僧道場になり、歴代住職は尼僧でしたが、1974年(昭和49年)男僧が初めて入山し、14代住職を継いでいます。なお一様院では毎月第3日曜日に坐禅・法話・写経などを行っています。 -

今宮神社(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
今宮神社は右京区花園・太秦安井(うずまさやすい)など一帯の産土神だったことからかつては祇花園社(ぎけおんしゃ・ぎはなぞのしゃ)・花園社(はなぞのしゃ)・花園今宮神社とも言われました。















