伊藤若冲ゆかりの寺院(信行寺・宝蔵寺・石峰寺)

信行寺

伊藤若冲ゆかりの寺院

伊藤若冲ゆかりの寺院は京都に信行寺・宝蔵寺・石峰寺があります。天井画・花卉図がある信行寺は京都市左京区北門前町472、両親の墓がある宝蔵寺は京都市中京区裏寺町通蛸薬師上る裏寺町587、若冲の墓がある石峰寺は京都市伏見区深草石峰寺山町26にあります。(京阪を利用すれば、3つの寺院を半日位で回れるかもしれません。)

【伊藤若冲ゆかりの寺院 マップ・寺院】

【伊藤若冲 歴史・簡単概要】
絵師・伊藤若冲(いとうじゃくちゅう)は長沢芦雪(ながさわろせつ)とともに「奇想派」・「奇想の絵師」と言われました。伊藤若冲は1716年(享保元年)に京都錦小路の青物問屋・桝源(ますげん)の長男に生まれ、1738年(元文3年)の父親没後に4代目当主になったが、1755年(宝暦5年)に家督を弟に譲り、40歳から絵師としての活動を本格的に始めます。1758年(宝暦8年)頃から動植綵絵を描き始め、翌1759年(宝暦9年)に金閣寺大書院の障壁画を制作しました。1791年(寛政3年)頃から石峰寺の門前に草庵・斗米庵(とべいあん)を結んで義妹(末弟・宗寂の妻)・心寂(真寂尼)と住み、1800年(寛政12年)に亡くなりました。なお若冲の号は禅の師である相国寺(しょうこくじ)の禅僧・大典顕常(だいてん けんじょう)から与えられたとも言われています。

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【信行寺 歴史・簡単概要】
信行寺(しんぎょうじ)には伊藤若冲が最晩年に描いた天井画・花卉図(かきず)があります。花卉図は牡丹・菊・梅・紫陽花・菖蒲・朝顔など167図です。(若冲の落款と印を含めると168図です。)花卉図はかつて石峰寺(京都府伏見区深草石峰寺山町26)の観音堂にあったが、明治維新後の廃仏毀釈によって破却されたそうです。その後19世紀後半に檀家総代・井上氏が散逸したものを購入し、寄進したと言われています。なお信行寺は起源が明確ではありません。信行寺はかつて兵庫西宮にあったが、三条東洞院に移り、その後も度々移ったと言われています。1589年(天正17年)関白・豊臣秀吉の命により、寺町丸太町に移されたが、1708年(宝永5年)の宝永の大火後に現在の場所に移されました。
伊藤若冲作花卉図・信行寺(アクセス・見どころ・・・)

【宝蔵寺 歴史・簡単概要】
宝蔵寺(ほうぞうじ)には伊藤若冲が1751年(宝暦元年)に建立した両親の墓があります。また2013年(平成25年)に若冲が描いたことが確認された水墨画・竹に雄鶏図もあります。なお宝蔵寺は平安時代に真言宗の宗祖である弘法大師・空海が創建したとも言われています。その後1269年(文永6年)如論が元西壬生郷に開基して浄土宗に改めました。1581年(天正9年)玉阿が再興したが、1591年(天正19年)関白・豊臣秀吉の命により、現在の場所に移りました。ただ1864年(元治元年)の禁門の変(元治の大火)によって焼失し、その後1932年(昭和7年)に現在の本堂が建立されました。
伊藤若冲作竹に雄鶏図・宝蔵寺(アクセス・見どころ・・・)

【石峰寺 歴史・簡単概要】
石峰寺(せきほうじ)には1800年(寛政12年)に石峰寺門前の自宅で亡くなった伊藤若冲の墓があり、毎年9月10日に若冲忌が行われています。また若冲が下絵を描き、石峰寺の住職が協力した五百羅漢もあります。なお石峰寺は平安時代中期に摂津多田郷に建立された沙羅連山石峰寺が起源とも言われています。その後兵火によって焼失したが、1596年(慶長元年)に土の中から薬師如来像が発見され、京都五条橋東近くの祠(ほこら)に祀られたと言われています。1713年(正徳3年)薬師如来を尊崇する黄檗山大本山萬福寺第6世・千呆性侒(せんがいしょうあん)が深草に薬師如来を移して再興しました。寛政年間に伊藤若冲が門前に庵を結び、安永年間以降に若冲は住職・密山とともに五百羅漢を造立したと言われています。その後本堂が2度の焼失し、本尊が釈迦如来になり、1985年(昭和60年)には現在の本堂が再建されました。
伊藤若冲の墓・石峰寺(アクセス・見どころ・・・)
若冲忌・石峰寺

【海宝寺 歴史・簡単概要】
海宝寺(かいほうじ)にはかつて方丈に伊藤若冲(いとうじゃくちゅう)晩年作と言われた襖絵・群鶏図(現在京都博物館所蔵)があり、若冲はその後筆を執らなかったことから襖絵があった部屋は若冲筆投げの間(通常非公開)と言われているそうです。なお海宝寺・六地蔵尊は享保年間に萬福寺12世・杲堂元昶(こうどうげんちょう)が創建し、その後萬福寺13世・竺庵浄印(じくあんじょういん)の隠居先になったと言われています。また海宝寺は以前天台宗・開法寺だったが、竺庵浄印が改めたとも言われています。
し、本尊が釈迦如来になり、1985年(昭和60年)には現在の本堂が再建されました。
若冲筆投げの間・海宝寺(アクセス・見どころ・・・)

【相国寺 歴史・簡単概要】
相国寺(しょうこくじ)には生前墓(寿蔵)があります。生前墓はかつて相国寺の塔頭・松鴎庵に建立されたと言われています。ちなみに伊藤若冲は1765年(明和2年)に釈迦三尊像・動植綵絵を相国寺に寄進しています。なお相国寺(しょうこくじ)は1382年(永徳2年)に室町幕府3代将軍・足利義満が室町第(むろまちだい)・花の御所の東に一大禅宗伽藍を建立することを発願したのが起源です。相国寺の名称は相国寺創建時に足利義満が左大臣(相国)であったことに由来しています。
伊藤若冲の墓・相国寺(アクセス・見どころ・・・)

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