祇園祭長刀鉾町お千度2025年7月1日(日程時間・・・)

長刀鉾町お千度

祇園祭長刀鉾町お千度(日程時間・アクセス・概要・・・)

祇園祭長刀鉾町お千度(日程・時間・・・)を紹介しています。祇園祭長刀鉾町お千度は例年7月1日に行われています。お千度は長刀鉾町の役員が稚児・稚児を補佐する2人の禿を伴って八坂神社を訪れ、本殿で稚児・禿に選ばれたことを報告し、神事(祇園祭)の無事を祈願します。その後稚児などは本殿を時計回りに3周します。(詳細下記参照)

★祇園祭最新情報。

【祇園祭長刀鉾町お千度2025 日程時間(要確認)】

祇園祭長刀鉾町お千度2025は2025年(令和7年)7月1日(火曜日)10:00から行われます。
●祇園祭の主要行事の日程を確認できます。(下記リンク参照)
祇園祭2025日程一覧(宵山屋台・山鉾巡行・・・)

【祇園祭長刀鉾町お千度・八坂神社 アクセス・マップ】

場所・・・京都府京都市東山区祇園町北側625番地
最寄り駅・バス停・・・祇園(徒歩すぐ)

アクセス路線は次の通りです。(最終更新2014年末・変更の場合あり)
*京都駅から八坂神社は100系統(D1乗り場)、110系統(D1乗り場)、206系統(D2乗り場)
*四条河原町・四条烏丸・四条堀川・四条大宮からは46系統、201系統、203系統、207系統
*河原町丸太町・烏丸丸太町・堀川丸太町からは202系統
路線・時刻表・運賃チェック

*京阪電鉄本線の場合、最寄り駅は祇園四条駅(徒歩約5分)
*阪急電鉄京都線の場合、最寄り駅は京都河原町駅(徒歩約8分)
長刀鉾(アクセス・・・)

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【祇園祭長刀鉾町お千度 簡単概要】

祇園祭長刀鉾町お千度(なぎなたほこちょうおせんど)・長刀鉾町お千度の儀では長刀鉾町の役員が稚児(ちご)と稚児を補佐する2人の禿(かむろ)を伴って八坂神社を訪れ、稚児・禿に選ばれたことを報告し、神事(祇園祭)の無事を祈願します。その後役員や稚児などは本殿(国宝)を時計回りに3周し、正面と背面(裏正面)で立ち止まって祈願します。ただ役員は稚児・禿と素手で手をつなぐことは許されず、白い布越しに手をつないで本殿を3周します。なおお千度では本殿を1千周するのではなく、3周するだけでお千度とします。大勢で本殿を3周するとおよそ1千周になるだろうということです。ちなみにかつては300人以上を伴って本殿を3周し、延べ1千周回ったことにしていたそうです。
祇園祭長刀鉾稚児(歴代稚児・・・)

  • 稚児・禿は10歳前後の男の子が選ばれ、結納の儀により、長刀鉾町の役員と結納を交わして養子になります。稚児の自宅では八坂神社の神職が八坂神社の主祭神・素戔嗚尊(すさのおのみこと・牛頭天王(ごずてんのう))を祀り、当主が毎朝お供えをします。祇園祭の鉾の中で生稚児(いきちご)が乗るのは長刀鉾だけです。禿は花街の太夫などが2名の禿(幼女)を従えていることに倣っているとも言われています。なお禿の名称は幼女のおかっぱの髪型に由来するそうです。
  • 本殿(国宝)は中御座に素戔嗚尊(すさのをのみこと)、東御座に素戔嗚尊の妻・櫛稲田姫命(くしいなだひめのみこと)、西御座に素戔嗚尊の8人の子供・八柱御子神(やはしらのみこがみ)を祀っています。本殿は1654年(承応3年)に江戸幕府4代将軍・徳川家綱が再建しました。本殿は屋根が入母屋造の檜皮葺です。

祇園祭稚児

【祇園祭 歴史・簡単概要】

祇園祭(ぎおんまつり)は平安時代前期の869年(貞観11年)に全国に疫病が流行し、牛頭天王(ごずてんのう)・素戔嗚尊(すさのおのみこと)の祟りであるとし、卜部日良麿(うらべのひらまろ)が神泉苑に国の数と同じ66本の鉾を立て、悪霊を移して穢れを祓い、薬師如来の化身とされる牛頭天王を祀り、更に牛頭天王を主祭神とする八坂神社から3基の神輿を送り、病魔退散を祈願した祇園御霊会(ぎおんごりょうえ)が起源と言われています。970年(天禄元年)から毎年に行われるようになりました。
祇園祭歴史年表・由来(869年~)

【長刀鉾 歴史・簡単概要】

長刀鉾は室町時代中期の1441年(嘉吉元年)またはそれ以前に創建されたと言われています。また長刀鉾は鎌倉時代前期の1225年(嘉禄元年)に八坂神社(祇園社)に寄進された長刀を鉾頭に掲げて創建されたとも言われています。長刀鉾は現在存在する祇園祭の全山鉾の中で最古の山鉾と言われています。室町時代中期の応仁の乱(1467年(応仁元年)~1477年(文明9年))前の山鉾と地名を記した「祗園社記」第15(八坂神社記録)には「長刀ほく(四条東洞院烏丸間)」と記されています。長刀鉾の名称は山鉾の先端である鉾頭に疫病邪悪を祓う大長刀を付けていることに由来しています。鉾頭にはかつて三条小鍛冶宗近が造った長刀、戦国時代(室町時代後期)の1522年(大永2年)に三条長吉が造った長刀、江戸時代前期の1675年(延宝3年)に和泉守来金道(いずみのかみらいきんみち)が造った長刀が使われていたが、現在は竹に錫箔を張ったレプリカが使われています。なお長刀鉾では長刀の刃先が京都御所・八坂神社には向かないように南向きに取り付けています。
三条小鍛冶宗近が造った長刀は宗近が娘の病気平癒を祈願し、八坂神社(祇園社)に奉納しました。その後鎌倉時代に武士が愛用していたが、不思議な出来事が続いたことから返納されました。戦国時代(室町時代後期)の1522年(大永2年)に神のお告げにより、長刀鉾町で飾ったところ流行していた疫病は治まったと言われています。
*参考・・・長刀鉾(祇園祭山鉾前祭)ホームページ

【祇園祭長刀鉾町お千度 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
祇園祭2025日程(ちまき販売・宵山屋台・・・)

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