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カテゴリー:観光スポット
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大機院(アクセス・見どころ・・・)東福寺
大機院(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報。大機院を創建した九条満家は九条家として初めて足利将軍家から偏諱(へんき)を受け、室町幕府3代将軍・足利義満の「満」の字を与えられました。なお九条満家は1418年(応永25年)に関白になり、1448年(文安5年)に出家しました。 -

退耕庵(アクセス・見どころ・・・)東福寺
退耕庵(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報。退耕庵には廃寺になった小野小町ゆかりの小町寺から玉章(たまずさ)地蔵(ふみはり地蔵)・扁額・井筒などが移され、小野小町のゆかりの寺と言われています。なお退耕庵の境内には「小野小町百歳井」もあり、歌も残されています。 -

善慧院(アクセス・見どころ・・・)東福寺
善慧院(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報。善慧院が合寺した明暗寺(めいあんじ)には尺八を吹く、普化(ふけ)尺八の開祖・虚竹禅師(虚竹了円)像が本尊として安置しされていたそうです。なお尺八の流派には明暗流・琴古流・都山流・上田流などがあります。 -

堆雲軒(アクセス・マップ・見どころ・概要・・・)建仁寺
堆雲軒(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報。堆雲軒を1680年(延宝8年)に再建した建仁寺313世・実伝慈篤(じつでんじとく)が宇治製茶の旧家・上林春松(かんばやししゅんしょう)の子だったこともあり、境内には五条坂の陶工によって「急須塚」が建てられました。 -

大慈院(アクセス・見どころ・・・)大徳寺
大慈院(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報。大慈院は通常非公開だが、境内で精進鉄鉢料理「泉仙」が営業し、食事を食べることができます。なお精進料理の「精進」は美食を戒めて粗食をし、精神修養をすることだが、一般的に肉類を使わない料理として用いられています。 -

大通院(アクセス・見どころ・・・)妙心寺
大通院(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報。大通院の2世には山内一豊の養子・湘南宗化(しょうなんそうか)がなったこともあり、霊屋内に山内一豊夫婦の無縫塔があります。なお山内一豊の妻・見性院は夫に馬を買わせる為に大金を差し出し、良妻賢母の見本とされています。 -

大中院(アクセス・見どころ・・・)建仁寺
大中院(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報。大中院の茶室「燕舞軒」は陶淵明(とうえんめい)の「燕舞春日長し」に由来しています。なお陶淵明は中国六朝時代の詩人で、隠遁後は農作業をしながら日常生活にあった詩文を残し、「隠逸詩人」・「田園詩人」とも言われています。 -

大雄院(アクセス・見どころ・・・)妙心寺
大雄院(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報。大雄院は当初伏見城にあった石川屋敷の建物を移したものだったが、1670年(寛文10年)に堂宇が新しく建て替えられ、1727年(享保12年)には石川光忠の100年の遠諱(遠忌)を営む為に現存の方丈が建立されました。 -

大龍院(アクセス・見どころ・・・)妙心寺
大龍院(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報。大龍院には「関山国師洗脚石」があります。洗脚石は妙心寺開山・関山慧玄が天龍寺・夢窓疏石を訪問する際、油掛地藏尊の前を流れる川で足を洗っていたが、天龍寺の僧侶が洗いやすいように川の畔に移したと言われている石です。 -

智勝院(アクセス・見どころ・・・)妙心寺
智勝院(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報。智勝院の開祖である妙心寺74世・単伝士印は紫衣事件で連座し、出羽・泉流寺に配流されました。なお紫衣事件は高僧が着る法衣・紫衣の勅許は朝廷の権限であったが、1615年(元和元年)以降幕府の許可のない紫衣を剥奪したことが原因です。 -

正受院(アクセス・見どころ・・・)大徳寺
正受院(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報。正受院に名称を改めた蜂屋頼隆(はちやよりたか)は美濃に生まれ、土岐氏・斎藤氏・織田信長・豊臣秀吉に使えて、秀吉からは1587年(天正15年)に羽柴の名字、1588年(天正16年)には豊臣の本姓を与えられました。 -

真乗院(アクセス・見どころ・・・)南禅寺
真乗院(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報。真乗院には応仁の乱(1467年~1477年)の際、西軍総大将であった山名宗全の墓があります。なお応仁の乱は室町幕府8代将軍・足利義政の後継者を巡る義政の実子・足利義尚(日野富子)と義政の弟・足利義視の抗争が原因でした。

























