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カテゴリー:観光スポット
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春浦院(アクセス・見どころ・・・)妙心寺
春浦院(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報。春浦院の庭園は虎渓三笑(こけいさんしょう)を模した庭園で、1799年(寛政11年)の「都林泉名勝図会」に記されています。なお虎渓三笑とは安居禁足の誓いをたてた虎渓を知らぬまに渡り、3人で大笑したというものです。 -

正因庵(アクセス・見どころ・・・)南禅寺
正因庵(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報。正因庵ゆかりの徳叟周佐(とくそうしゅうさ)は臨済宗の僧で、天龍寺を開山した夢窓国師(むそうこくし)・夢窓疏石(むそうそせき) に師事し、南禅寺49世になりました。なお1393年(明徳4年)南禅寺火災後には復興に尽力しました。 -

願成寺(アクセス・見どころ・・・)東福寺
願成寺(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報。願成寺を建立したとも言われている一品阿保親王は父・平城天皇と弟・嵯峨天皇の皇位争いである薬子の変(くすこのへん)で大宰府に左遷され、嵯峨天皇系と淳和天皇系の皇位争いである承和の変(じょうわのへん)にも巻き込まれました。 -

桂昌院(アクセス・見どころ・・・)東福寺
桂昌院(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報。桂昌院には三面大黒天像が祀られています。三面大黒天像の正面は大黒天・右側は毘沙門天・左側は弁財天の顔になっています。なお大黒天・毘沙門天・弁財天はそれぞれ七福神のひとつで、商売繁盛・福徳増進・学芸のご利益があります。 -

瑞春院(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
瑞春院(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報。瑞春院は直木賞作家・水上勉が小僧に出され、小説「雁の寺」の舞台とされている為、「雁(がん)の寺」とも言われています。なお水上勉は1934年(昭和9年)の中学2年生の時に脱走し、相国寺玉竜庵・等持院と移り、その後還俗しました。 -

清住院(アクセス・見どころ・・・)建仁寺
清住院(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報。清住院を創建した建仁寺54世・蘭州良芳(らんしゅうりょうほう)は若狭で生まれ。一山一寧(いっさんいちねい)に学び。雪村友梅(せっそんゆうばい)の法嗣になりました。なお蘭州良芳は足利義満の危難を救ったと言われています。 -

西来院(アクセス・見どころ・・・)建仁寺
西来院(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報。西来院を創建した建仁寺11世・蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)は1246年(寛元4年)に南宋から来朝した禅僧で、執権・北条時頼の帰依を受け、鎌倉・建長寺の開山になりました。なお蘭渓道隆は建長寺で亡くなりました。 -

孤篷庵(アクセス・見どころ・・・)大徳寺
孤篷庵(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報。孤篷庵の国宝である井戸茶碗(喜左衛門井戸)は15世紀頃に朝鮮半島で作られ、豊臣秀吉・古田織部・徳川家康・松平不昧(治郷)と所持者が移ったが、所持者に腫物(はれもの)が相次いだ為、松平不昧ゆかりの孤篷庵に寄進されました。 -

金剛院(アクセス・見どころ・・・)天龍寺
金剛院(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報。金剛院ゆかりの光厳法皇は持明院統の後伏見天皇の第3皇子で、南北朝時代の北朝初代天皇とされています。なお持明院統(北朝)の光明天皇と大覚寺統(南朝)の後醍醐天皇が並立したことから南北朝時代が約60年続きます。 -

金台寺(アクセス・見どころ・・・)妙心寺
金台寺(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報。金台寺の本尊・釈迦牟尼仏の右には菅原道真作と言われている十一面観音が北野天満宮から移されて祀られています。なお菅原道真は901年(延喜元年)に藤原時平の告げ口により、太宰府に左遷されて太宰府で亡くなりました。 -

雑華院(アクセス・見どころ・・・)妙心寺
雑華院を創建した牧村利貞(牧村兵部)は前田利長・蒲生氏郷・細川三斎・古田織部・高山右近・芝山監物とともに利休七人衆(利休七哲)に数えられました。牧村利貞は茶の湯にユガミ・ヒズミという美意識を取り入れました。 -

帰雲院(アクセス・見どころ・・・)南禅寺
帰雲院(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報。帰雲院を開基したと言われている亀山法皇は後嵯峨天皇の第7皇子で、1259年(正元元年)に10歳で即位し、1274年(文永11年)には譲位して院政を開始し、1289年(正応2年)には南禅寺で落飾(出家)して法皇になりました。

























