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過去の記事一覧
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新町通(アクセス・マップ・見どころ・概要・・・)
新町通では7月17日の祇園祭山鉾巡行(前祭)・7月24日の祇園祭山鉾巡行(後祭)で巡行する山鉾が立ち並びます。山鉾巡行(前祭)では放下鉾・岩戸山・船鉾、山鉾巡行(後祭)では北観音山・南観音山・大船鉾・八幡山が立ち並びます。7月13日に放下鉾・岩戸山・船鉾の曳き初めが行われます。(要確認) -

御池通(アクセス・マップ・見どころ・概要・・・)
御池通は7月17日の祇園祭山鉾巡行(前祭)・7月24日の祇園祭山鉾巡行(後祭)の巡行ルートになっています。7月24日の祇園祭山鉾巡行(後祭)では烏丸御池から東に山鉾が出発し、京都市役所前でくじ改め・河原町御池で辻回しが行われます。北観音山・南観音山・大船鉾が辻回しを行って90度方向転換します。 -

河原町通(アクセス・マップ・見どころ・概要・・・)
河原町通は7月17日の祇園祭山鉾巡行(前祭)・7月24日の祇園祭山鉾巡行(後祭)の巡行ルートになっています。巡行ルートは逆になるが、四条河原町・河原町御池の交差点で山鉾の辻回しが行われます。7月17日には長刀鉾・函谷鉾・鶏鉾・菊水鉾・月鉾・放下鉾・岩戸山・船鉾が辻回しを行います。 -

四条通(アクセス・マップ・見どころ・概要・・・)
四条通は7月17日の祇園祭山鉾巡行(前祭)・7月24日の祇園祭山鉾巡行(後祭)の巡行ルートになっています。7月17日の祇園祭山鉾巡行(前祭)では四条烏丸から東側の八坂神社方面に山鉾が出発し、四条堺町でくじ改め・四条麩屋町で注連縄切り・四条河原町で辻回しが行われます。 -

三若神輿会(さんわかしんよかい)と祇園祭
三若神輿会は祇園祭(7月17日の神幸祭・7月24日の還幸祭)で中御座神輿の神輿渡御に奉仕しています。三若神輿会の起源と言われる三条台若中は室町時代中期の応仁の乱後から神輿渡御に関わっているとも言われています。 -

御手洗井(アクセス・マップ・見どころ・概要・・・)
御手洗井では祇園祭期間中の7月15日に井戸開き(いどびらき)・遙拝式(ようはいしき)が行われ、1970年頃までは長刀鉾稚児(なぎなたほこちご)が御手洗井の井戸水で手を清めてちまき(粽)を奉納し、その後南にある大政所御旅所で長刀を納めたとも言われています。 -

祗園床・松原中之町町会所(アクセス・マップ・・・)
祗園床・松原中之町町会所がある松原中之町内を東西に走る松原通はかつて松並木が美しかったことから五条松原通と言われていました。しかし安土桃山時代に関白・豊臣秀吉が五条大橋を現在の場所に架けると五条通の名前が移り、松原通になりました。 -

少将井御旅所旧跡(アクセス・マップ・概要・・・)
少将井御旅所旧跡の名称は歌人・少将井尼(しょうしょうのいのあま)の居宅の庭園にあった井戸・少将井に由来しているとも言われています。少将井は清少納言(せいしょうなごん)の随筆「枕草子(まくらのそうし)・平安時代中期」の168段に平安京の名井のひとつとして記されています。 -

第64代・円融天皇(えんゆうてんのう)と祇園祭
第64代・円融天皇は平安時代中期の974年(天延2年)に祇園祭の神輿が鴨川を渡って平安京を渡御するように勅命したと言われています。また円融天皇は祇園祭の神輿が泰安されていた大政所御旅所の造営にも関わっていました。 -

清々講社・宮本組(氏子組織)と祇園祭
清々講社は1872年(明治5年)に山鉾の運営をサポートする寄町制度が廃止され、1875年(明治8年)に山鉾巡行・神輿渡御の運営をサポートする募金組織として結成されました。宮本組は清々講社の第1号に指定された筆頭格の氏子組織です。 -

円融天皇・後村上陵(アクセス・マップ・概要・・・)
円融天皇は和歌を愛好し、譲位後の985年(寛和元年)に子の日の御遊(ねのひのぎよゆう)を盛大に催し、平兼盛・大中臣能宣・清原元輔・源重之・紀時文など著名な歌人に和歌を奉らせました。円融天皇の和歌は「拾遺和歌集(しゅういわかしゅう)」以下の勅撰集に24首が入集されています。 -

京の三弘法めぐり(東寺・神光院・仁和寺)
京の三弘法めぐりは四国八十八ヵ所巡礼の出発前に無事を祈る為に行ったり、巡礼後にお礼参りの為に行ったりします。京の三弘法めぐりは毎月21日の弘法大師・空海の縁日にゆかりの深い東寺(とうじ)・神光院(じんこういん)・仁和寺(にんなじ)の3か寺を巡ります。ちなみに東寺・仁和寺は世界遺産です。
















