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過去の記事一覧
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六孫王神社の歴史-修学旅行・観光の簡単解説
六孫王神社の歴史を簡単にまとめています。六孫王神社は963年(応和3年)9月に「六孫王」とも言われた源経基の長子・源満仲が源経基の遺骸を当地に埋葬し、その前に社殿を建立したのが起源です。本殿後方に石積の神廟があります。 -

乙訓寺の歴史-修学旅行・観光の簡単解説
乙訓寺の歴史を簡単にまとめています。乙訓寺は603年(推古天皇11年)頃に第31代・用明天皇の第2皇子・聖徳太子が第33代・推古天皇の勅願によって創建したとも言われています。十一面観世音菩薩を本尊とする伽藍が建立されたと言われています。 -

車折神社の歴史-修学旅行・観光の簡単解説
車折神社の歴史を簡単にまとめています。車折神社は1189年(文治5年)に清原頼業が亡くなり、清原家の領地だった現在の場所に廟が建立されたのが起源と言われています。その後清原家の菩提寺となる宝寿院が創建されました。 -

1714年(正徳4年)の「都名所車(みやこめいしょぐるま)」と祇園祭
「都名所車」は江戸時代中期の1714年(正徳4年)に刊行され、洛中洛外の寺社の由来などが記載されています。旅行者が巡りやすいように寺社などが配列されています。「都名所車」には八坂神社(祇園社)も掲載されています。 -

室町幕府初代将軍・足利尊氏(あしかがたかうじ)と祇園祭
室町幕府初代将軍・足利尊氏が1338年(延元3年・暦応元年)に北朝第2代・光明天皇から征夷大将軍に任命されて室町幕府を開くと南北朝時代から室町時代に足利将軍が祇園祭を見物した記録が多く残されています。 -

由岐神社の歴史-修学旅行・観光の簡単解説
由岐神社の歴史を簡単にまとめています。由岐神社は938年(天慶元年)に大地震、939年(天慶2年)に平将門の乱が起こり、940年(天慶3年)に朱雀天皇の勅により、宮中に祀られてた由岐大明神を遷したのが起源です。 -

左甚五郎(ひだりじんごろう)・鯉山(こいやま)と祇園祭
鯉山の御神体である鯉と波は江戸時代前期に活躍した宮大工・彫刻師である左甚五郎が制作したと言われています。鯉は全長約1.5メートルで、木片の材質調査により、素材は1650年(慶安3年)頃の檜であることが判明しました。 -

藤原為隆(ふじわらのためたか)の「永昌記」と祇園祭
藤原為隆は第72代・白河天皇、白河天皇の子である第73代・堀河天皇、白河天皇の孫である第74代・鳥羽天皇、白河天皇の曽孫である第75代・崇徳天皇に仕えました。藤原為隆は日記「永昌記」を記し、白河院政期の政務などが記されています。 -

吉田兼見(よしだかねみ)の「兼見卿記」と祇園祭
吉田神社の神主(祠官)・吉田兼見は従兄弟で、織田信長の家臣・細川藤孝(細川幽斎)や室町幕府15代将軍・足利義昭、織田信長、明智光秀、関白・豊臣秀吉などと親交があり、織豊政権期の政治情勢などを知ることができます。 -

瀧樹神社(たぎじんじゃ)のケンケト踊りと祇園祭
四条傘鉾の棒振り踊りは瀧樹神社のケンケト踊りを参考に復元されました。四条傘鉾は1871年(明治4年)を最後に中絶し、1985年(昭和60年)に傘鉾が再興され、1988年(昭和63年)に棒振り囃子と囃子が復元されました。 -

社家条々記録(しゃけじょうじょうきろく)」と祇園祭
「社家条々記録」は1323年(元亨3年)に祗園社執行・晴顕が記した記録です。執行は八坂神社の運営の中心で、人事権を持ち、恒例・臨時の法会や神事の準備を公人に命じました。執行は神官でもり、仏僧でもあり、外見は僧形でした。 -

「祇園社本縁録(ぎおんしゃほんえんろく)」と祇園祭
「祇園社本縁録」は江戸時代(1603年~1868年)に成立し、八坂神社・祇園祭・大政所御旅所の起源などが記されていました。ただ「祇園社本縁録」は現在、失われており、見ることはできません。


















