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過去の記事一覧
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満足稲荷神社の歴史-修学旅行・観光の簡単解説
満足稲荷神社の歴史を簡単にまとめています。満足稲荷神社は文禄年間に豊臣秀吉が伏見城の守護神として勧請したのが起源です。秀吉は文禄の役の戦勝を稲荷大神に祈願したところ霊験が著しかった為、稲荷社を祀ったと伝えられています。 -

行願寺の歴史-修学旅行・観光の簡単解説
行願寺の歴史を簡単にまとめています。行願寺は「百錬抄」などによると1004年(寛弘元年)に行円上人が一条北辺堂跡に創建したと言われています。行円上人は賀茂の霊木・槻の木で千手観音像を造仏し、本尊として安置したと言われています。 -

等持院の歴史-修学旅行・観光の簡単解説
等持院の歴史を簡単にまとめています。等持院は1341年(興国2年・暦応4年)に室町幕府初代将軍・足利尊氏が夢窓国師・夢窓疎石を開山に等持寺の別院として北等持寺を衣笠山南麓の北区等持院北町に創建したのが起源と言われています。 -

寂光院の歴史-修学旅行・観光の簡単解説
寂光院の歴史を簡単にまとめています。寂光院は594年(推古天皇2年)に聖徳太子が父・用明天皇の菩提を弔う為に創建したと言われています。当初、玉泉寺と言われ、当初の本尊は聖徳太子作の六万体地蔵尊だったと言われています。 -

岩屋神社の歴史-修学旅行・観光の簡単解説
岩屋神社の歴史を簡単にまとめています。岩屋神社は本社後背山の山腹に奥之院とも、岩屋殿とも称する陰陽の巨巖があり、磐座として祀られていました。岩屋神社は社伝によると343年(仁徳天皇31年)に創建されたとも言われています。 -

黒川道祐の「雍州府志(ようしゅうふし)」と五山送り火
五山送り火は起源が明確ではないが、江戸時代(1603年~1868年)以降に書物・古文書などに記録・絵などが多く残されています。1686年(貞享3年)に黒川道祐が刊行した「雍州府志」には大文字の大きさなどが記されています。 -

日像上人(にちぞうしょうにん)・妙法と五山送り火
五山送り火の中には起源が明確ではないものもあるが、妙法の内、「妙」は鎌倉時代(1185年~1333年)末期に日蓮宗の僧・日像上人、「法」は江戸時代(1603年~1868年)に大妙寺の僧・日良上人が始めたと涌泉寺の寺伝に記されています。 -

本居宣長(もとおりのりなが)の「在京日記」と五山送り火
五山送り火は起源が明確ではないが、江戸時代以降に古文書・書物などに記録・絵などが残されています。京都に遊学していた国学者・医師である本居宣長は1756年(宝暦6年)に大文字を見物したことを「在京日記」に記しています。 -

折上稲荷神社の歴史-修学旅行・観光の簡単解説
折上稲荷神社の歴史を簡単にまとめています。折上稲荷神社は境内に稲荷塚があり、稲荷大神の前身・田の神が祀られていた聖地です。折上稲荷神社は711年(和銅4年)に稲荷大神が西野山の三の峯に降臨した際、稲荷塚にも降臨したのが起源と言われています。 -

近衛信尹(このえのぶただ)・大文字と五山送り火
五山送り火の内、大文字には真言宗の宗祖である弘法大師・空海が始めたという説、室町幕府8代将軍・足利義政が始めたとする説、公家・近衛信尹が始めたという説があり、中川喜雲刊行の「案内者」に近衛信尹説が記載されています。 -

横川景三(おうせんけいさん)・大文字と五山送り火
五山送り火の内、大文字の筆画には真言宗の宗祖である弘法大師・空海説、相国寺79世・横川景三説などがあります。黒川道祐が1676年(延宝4年)に刊行した「日次紀事」には弘法大師・空海説と横川景三説が記されています。 -

弓箭閣(拝観料・見どころ・アクセス・歴史概要・・・)
弓箭閣は例年、7月1日から31日に行われている祇園祭期間中に一般公開され、虫干しを兼ねて大将印・御使武者印など約10領の甲冑が飾られます。また弓箭閣では甲冑以外にも古文書・古地図・写真なども展示されます。


















